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やさしい海


cometikiのオリジナル短編となっております


   海はね、

   カミサマの零した涙で出来てるの。

   この世へ旅立った、我が子を想って。

   そして、これから出遭うであろう

   様々な出来事に胸を痛めて。

   成長を喜び、こども達ひとりひとりを

   見守って流した涙なの。

   だから人は、海に来ると落ち着くのよ。

   どんなに孤独を感じても、ここに来れば

   自分を想ってくれている“何か”が

   存在している事を本能で理解出来るから…








自宅の窓から見える海を見て、ベッドの上で母さんが言った。








                   ○      ○      ○









 「オレはプールに行きたいっつったんだ!」



弘は詰襟の学生服のまま、真冬の海へザブザブと入って行く。

荒波に足元を掬われそうになりながらも、前進を続ける。



 「うわぁ!弘君!何やってんの!」



一服しようと家から出て来た静也は、甥の凶行に蒼白となった。

転がりながら砂浜を駆ける。

黒の上下のスーツには斑模様が出来ていた。



 「ちょっと、弘君!風邪ひくから!」



浜辺から叫べど、弘は振返らない。



 「どこが落着くんだよ!海なんて―…」



弘は深みへ足を運びながら、怒声を上げ続けている。

静也は己の声が弘に届いていないと判断すると、意を決して飛込んだ。

冷たさを通り越して身体に突き刺さる海水に、息を呑む。

「弘君!」と、名を呼ぶ事で気を引き締め、その背を追った。





 「“何か”って何だよ!全然わかんねーよ!」





鉛色の空に向って叫ぶ弘の腕を、静也が掴んだ。



 「放せ!」



手を払われた静也は体勢を崩し、海に半身を攫われた。

驚いて固まる弘に、静也が縋りつく。

 「お、落着いて。弘君―…」

 「嫌だ!オレはいつだって我慢してきた!プールも運動会も、授業参観も!」

 「偉い!弘君は偉かったよ!」

 「じゃあ何だよ、コレ!何なんだよ!」

 「姉さんは…君のお母さんは死んだんだ!」



静也は、キッパリと言い切った。







瞬間―…








弘の身体から力が抜ける。

魂ごと波に呑まれかけた甥を、静也が慌てて引上げた。












 「オレ。ひどい息子なんだ」











静也の腕の中で、弘がポツリと呟く。

静也はその意味が理解出来ず、「どうして?」問う。



 「母さんが死んだのに、オレ…一つも涙が出ないんだ。
 きっと、カミサマがオレの分ココに流しちゃったんだ
 …だから―…」



”泣かなければいけない”という義務感にかられ、弘は荒波の先へと手を
伸ばした。

きっと”そこ”にある・・・

熱に浮かされたように、必死に右手を伸ばし掴もうとする、弘。








 「ココには、無いよ?」







涙が出ないから、悲しんでいない・・・なんて、誰が決めるのか?

泣けない程の悲しみというものも、この世の中にはあるのだ。

静也は弘の手を制した。



「じゃあ…どこに?」と、乾いたガラス玉が、静也を映す。

静也は哀しげに微笑んで、弘の身体を抱締めた。

強く、強く。






寄せては返す波が、ゆりかごのように二人を揺らし、沈黙を

「ザザーン」という波音が包み込んだ―…それはまるで胎内に

居た時聴いていた、懐かしいモノだった。








 「かぁ…さん…?」







弘の眼前に、愛しい母の姿が浮かぶ。






   大好きだった事。

   あふれるありがとう。

   どうかカミサマ、伝えてください―…









 「お母さん―…!」










弘の想いは海いっぱいに響き、零れた雫が大きな涙とひとつに

溶けて広がった。そしてキラキラと輝き、水平線をどこまでも

優しい色へと染めていった。










                   ○      ○      ○










 「ピッ…ピッ…ピッ…」



室内は、単調な機械音で満ちていた。

モノトーンの室内に置かれたベッドに、横たわった由香里がゆっくりと目を開く。




 「先生!」




若い女性の声が、医師を呼ぶ。

由香里の身体には、機械から放たれたいくつもの線が繋がっている。

医師はその線に気を配りながら、由香里に声を掛けた。




 「わかりますか?」




由香里は一度きつく瞼を閉じる事で、それを伝える。

医師はやわらかく微笑んだ。




 「手術は成功しましたよ。もう大丈夫です。安心してください」

 「せん…せ?弘、は…?」




少し掠れた声で、由香里が問う。

医師は由香里から視線を外して応えた。




 「あなたが危篤状態になった事を知らせた時、病院へ向う途中
 自動車事故で…その…静也さんと…」

 「………」




「とくん」と由香里の中で、新しい心臓が鼓動した。

まるで自己主張するかのように―…






 「…田原さん?」






動揺するでなく、泣き叫ぶでなく、ただぼんやりと天井を眺めている由香里を
心配した医師が、思わず声を掛ける。







 ”とくん、とくん”







由香里は自分の体内の音に耳を傾けていた。

 ”とくん、とくん”




目を閉じ、口元を綻ばせた由香里は、一言呟くとまた眠りに落ちていった。






 「おかえり」




                                                - 終幕 -


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