このHPは、役者の寺脇康文さんが大好きで大好きで仕方のないcometikiが、
”ネットの片隅で寺脇さんへの愛を叫ぶ”をモットーに自分勝手に叫びまくっているサイトです。
情報入手は不可能と思ってご覧ください。
イラストは全てcometikiの脳内加工処理済です。ご容赦ください。
ご本人・ファンクラブ・事務所等とは全く関係ありません。

はじめにを読んでからご利用ください♪
地球の王様TOPドラマ感想 > 『相棒 ふたりだけの特命係』TOP >

伊丹さんの恋「ホワイトデーに贈ろう。」−『相棒』二次創作小説


『相棒』のキャラクターを使用して書いておりますが、本編とは全く関係ありません
  cometikiオリジナルストーリーです (c)テレビ朝日・東映
※何気に連載モノ 『相棒 ふたりだけの特命係』TOPの下に作品がまとめてあります



3月に入って、第1週の金曜日。
伊丹は1人、街中に居た。



聞き込みを終えて、警視庁に戻る前。
「昼飯を食って帰ろう」という、三浦と芹沢の提案を辞退して。

気が付けば、もう来週に迫っている“あの日”。
忘れている訳ではない。
むしろ、事件に関わっていない時は四六時中そのことを考えている。
それなのに、未だに何もできていないのだ。

これはマズイ。

いい加減、何とかしなければ…と思う。

「まだ一週間ある」なんて、悠長なことは言っていられない。事件に関わっていな
い日のほうが稀なのだから。
貴重な昼飯の時間を、有効に使うべきだ!と判断した。

伊丹は「今日こそは!」と腹を括って、デパートの扉をくぐった。



シーズンだから仕方ないのだろう。
店内は押し付けがましい程、ホワイトデー色に染まっていた。

フロアの一角には親切にも、専用のコーナーまで設けてある。
キャンディ、クッキー、マシュマロ、煎餅、お酒etc…。綺麗にラッピングされてある
商品に、目移りする。

伊丹は商品を手に取ることもせず、眉間に皺を寄せて歩いた。
1人で来ているので相談相手など居る筈もなく、結果。独り言という不毛な行為に
及んでいる。しかも真剣に悩んでいる為、その声が大きくなっていることに本人は
全く気付いていない。



フロア責任者が訝りながら、伊丹に営業スマイルを向けた。



 「どのような商品をお探しですか?」



突如現れた人影に一瞬怯む、伊丹。



 「いや、別に…」



ココに居ることが、チョコレートを貰ったと自白しているようで照れ臭い。つい、答え
ながら目が泳いでしまう。

怪しさ倍増である。

伊丹の反応に、フロア責任者は“不審者”のレッテルを貼る。



 「失礼ですが…」



少しだけ声のトーンを抑えて、伊丹を別室へ案内しようと試みた。



 「先輩、お待たせしましたぁっ!」

 「いやぁ〜便秘でよぉ、難儀したわっ!」



不穏な空気を一掃する勢いで、芹沢と三浦が2人の間に割って入る。

笑い声が、わざとらしい。

フロア責任者以上に、目を丸くする伊丹。
何が起きたのか理解する間もなく、三浦と芹沢によってその場から引き摺り出さ
れてしまった。






             * * * * *






ホワイトデーコーナーの1階下にあるカフェに、伊丹は連れ込まれている。

目の前には呆れ顔でコーヒーを啜る、三浦と芹沢。



 「まあ、通報されるわなぁ…」

 「挙動不審にも程がありますよ!」



訳知り顔で説教されて、伊丹はこめかみを振るわせた。



 「何、尾行してやがんだよ!」

 「助けてもらっといて、その言い草ぁねぇだろう?」

 「親心ですよ。“はじめてのおつかい”が心配で…って、痛っ!なんで殴るんス
 かぁっ!」

 「誰が、“はじめてのおつかい”だっ!」



所構わず拳を振って、怒声を上げる伊丹を制す、三浦。
さりげなく、コーヒーを勧める。



 「で?何にするか、決めたのか?」

 「…いや…まだ…」



伊丹はコーヒーに口をつけてから、ぼそりと答えた。まるで、宿題を忘れて叱られ
ている小学生のような表情で。

同情心が芽生えた三浦は、カップを置いて腕組みした。



 「キャンディでいんじゃねぇか?一番シンプルで、当り外れもないだろう?」

 「でも、キャンディが“嫌い”って返事だったりすることもありますよ?」

 「何だ、それ?」



芹沢の言葉に、伊丹と三浦が同時に声を出す。
芹沢もカップを置き、2人の疑問に答えるべく指折り話始めた。



 「クッキーが“好き”で、マシュマロが“友達でいよう”とか…」

 「じゃ、クッキーにしろ!クッキー!」

 「ただ、違う意味の場合もあるんですよねぇ〜…」

 「だから、何だよそれ!!」



のらりくらりと話をかわす芹沢に、痺れを切らしたのは三浦だった。

芹沢は、両手を前に出して三浦に向って「落ち着いてください」のジェスチャー
をする。チラと視線を伊丹に送れば、厳しい表情で煮詰まっているようだった。



 「一般論、ですよ」



そう言って、芹沢は逃げるようにコーヒーを飲んだ。



 「じゃあ、お前等は何にするんだ?」



気まずさが漂う中、バリトンの声が響く。
三浦と芹沢は、声の主を見る。
眼光鋭く、探るように2人を見返す、伊丹。



 「俺は、寿司。特上」

 「それ、家族サービスだろ」

 「僕はカラダで…って、痛っ!!何で2人して叩くんですかっ!!」

 「もういい!!」



大袈裟に身体をくねらせる芹沢に、怒髪天を衝いた伊丹。勢いをつけて立ち上
がると、そのまま店を後にした。

三浦と芹沢はその背を、ただ黙って見送るだけだった。






             * * * * *






「仕切りなおしだ!」とばかりに、違うデパートに入る、伊丹。

同じように、ホワイトデーのコーナーを見て回る。だが、先程の芹沢の言葉が耳に
ついて離れない。商品を見る表情が、どんどん険しくなってゆく。

ふと、周囲に人の気配を感じなくなって顔を上げると、客が遠巻きに自分を見てい
ることに気が付いた。

自分にダメ出しをして、その場を後にする。

伊丹は、両手で頬を挟み、表情筋をほぐそうと努めてみる。



そんな中年男の横を、「アハハハハ」と快活な笑い声が通り過ぎる。箸が転がっ
ても面白い年頃の、女子高生だ。
彼女達に千花の姿を重ね、自然と目で追ってしまった。

着いた場所は、ファンシーショップ。

瞳を輝かせながら、店内で話を弾ませる彼女達を見て、「こういうのもアリか」と手
を打つ、伊丹。
店の外から覗いてみるだけのつもりが、女の子の中に千花によく似た雰囲気の高
校生を発見する。



 「ねえ、コレ。かわいくない?」



そう言って、甘い色したクマのキーホルダーをかざす女の子。

モチロン、一緒に来ている友達への問いだが、伊丹はまるで自分に訊ねられてい
る気がして、ふらふらと店内へ入ってしまった。

完全に彼女と千花がダブっている。

女の子達は、次から次へと商品を手に取り、会話に花を咲かせてゆく。その後を、
伊丹もほてほてついて歩く。



 「あの、何か?」



どのくらいそうしていたのだろう。
違和感に耐えられなくなった女子高生が、意を決して伊丹に問い掛けた。

その言葉に我に返る、伊丹。
恐る恐る、目だけを動かし辺りを確認する。
ピンク色の世界に、スーツ姿の強面のオッサン―…瞬時に、どれだけ自分が浮い
ているかを自覚した。「すまん」とだけ吐き捨てて、伊丹は店を飛び出す。






             * * * * *






階段の踊り場で立ち止まり、頭を掻き毟る、伊丹。
腕時計を見て、もう1時間以上が経過していることを知る。
大きな溜息と共に肩を落とすと、情けなさのあまり床を蹴り飛ばした。



 「伊丹、そう荒れるな」



背後からやんわりと、三浦の声が降ってくる。



 「先輩。僕から提案があるんスけど、聞いてみません?」



続いて諭すような、芹沢の声。



 「提案?」



伊丹はもう何故2人がココにいるのか、考えるのも面倒で。ただ、芹沢の言葉
を繰り返した。



 「今、流行のカップケーキがあるんですよ。お返し、それにしませんか?」

 「…そりゃ、どういう意味があんだよ?」

 「あー…さっきみたいな意味は、ないです」



唇を突き出し、拗ねたような目を向ける伊丹。その顔を見て、自分の言葉がどれ
ほど影響してるんだと苦笑しながら、芹沢は答える。



 「ホントだなっ!」

 「ホントです!大丈夫ですから!」



裏が無いか確かめるように、芹沢との間合いを詰めてゆく、伊丹。その迫力に、
芹沢は思わず後ずさる。



「PiPiPiPi…」



着信音に反応して、3人が同時に携帯を取り出す。
「俺だ」と三浦が片手を上げて、2人を制す。「はい」と応えた三浦の声に、電話の
向こうの緊迫感が漏れてくる。



 「わかりました!至急向います!おい、殺しだとよ!」



電話を切ると三浦は、伊丹と芹沢に伝えた。
それを合図に、階段を駆け降りる3人。
ホワイトデーのことなんて、もう誰の頭の中にもなかった。






             * * * * *






町の片隅で「ほわぁぁぁぁぁっ」と、抜けた欠伸を吐き出す、伊丹。

今日は3月14日。
時刻は午前11時になろうというところ。
ちょっとくたびれたスーツ姿なのは、一週間程前の殺人事件のカタがようやく今
朝ついたから。



最初はテンポよく、犯人確保に向っていたのだ。
それが、途中で行き詰った。

部長と参事官は「どうなってるんだ!」と喚き散らして、捜査員達の体力や精神力
を奪っていった。

「こっちが聞きたいくらいだ!」と誰もが腹の中で思い始めた頃、「ちょっと、よろし
いでしょうか?」と涼やかな顔したあの御方が現れた。
その隣で、今回は少し尽力したらしいアホ犬が得意気な顔で報告を引き継ぐ。

誰もが納得してしまった、その推理。

特捜の中で呆けていた部長は、「それをこれからやる所だ!」と息巻いてなんとか
面子を保った…つもりらしい。

おせっかいなヤツ等のおかげで、「長期戦になるか?」と思われた事件は一応の
収束を向かえたのだ。



だから、伊丹は現在。繁華街から少し外れたこの場所で、大きく伸びをしながら首
を曲げてゴキゴキと鳴らすことができる。



 「先輩!お待たせしました!」



正直。

芹沢に「よかったっスね!ホワイトデーに間に合って!」と言われなければ、その
存在すら思いださなかった。早々に家へ帰って、ビールでも飲んで寝るつもりだっ
た。よかったのか、悪かったのか…。

だれている伊丹を見て、芹沢は顔を顰めた。



 「なんでもっと、ビシッとしたの着て来ないんですか!」

 「これしか無かったんだよ!」



事件が起これば伊丹の神経は、全てそこに注がれる。基本、衣食住にこだわら
ない男であるから、洗濯や掃除。果ては食事まで疎かになるのだ。

捜査本部で解散して、一旦家に帰った伊丹。シャワーを浴びて、洗濯しないとい
けないものは、洗濯機にぶち込んで。クリーニングに出すスーツをまとめたら、
着て出られそうな服はコレしかなかったのだ。

…というか、こんな日にめかしこむのもガラじゃない、という照れもあった。



芹沢は、それでもまだ何か言い足そうとする。

「聞く耳は無い!」と、伊丹が両手で耳を塞ぐと、ようやく諦めた。

後輩から差し出されたのは、A4サイズで厚みのある紙袋。濃い茶色で、光沢もあ
って華やかな感じだ。
予想以上の品物に、思わず顔を崩す伊丹。自然と手が伸びる。



 「コレは、三浦さんと僕からです」

 「は?」



降って湧いた言葉に、目を丸くする伊丹。



 「だからぁ、三浦さんと僕…」

 「聞こえてんだよ!そうじゃなくて!何でお前等が?」



芹沢の言葉を遮って、伊丹は状況を把握しようと噛み付いた。
今度は、芹沢が首を傾げる。



 「貰ったからですよ。チョコ。あ、モチロン義理ですけどね」

 「いつ!?」



冗談への返しも無いことに溜息を吐いて、芹沢は肩を竦めてみせた。



 「2月15日です。先輩が取調終わって、一服しに行ってる間に。千花ちゃんか
 らメール貰ってたんで。“時間空いたら連絡ください”って。そしたら、わざわざ
 警視庁のロビーまで来てくれたんですよ?手作りチョコは失敗しちゃったとかで、
 市販のですけど…って。僕と、三浦さんの分持って」



伊丹は身じろぎ一つしないで、芹沢の説明を聞いていた。
頭の中で反復しながら、考える。



 (手作りチョコ…失敗?いや、失敗してない。俺、食ってるし。それに、特命係の
 ヤツ等だって―…)



そこまで考えて、ようやく思い至る。特命係に渡ったあのチョコレートは、実は三
浦と芹沢の物であったと。
気配りをする千花のことだ、あらかじめ特命係にも用意してあったのかと思ってい
たが、どうやら違ったらしい。
伊丹の異変に気付いた千花の、咄嗟の判断であったことを改めて思い知る。



 「ったくよぉ」



呟いて、口元を緩める伊丹に「大丈夫っスか?」と、芹沢が心配気に声を掛けた。



 「で?俺のは?」



わざとらしく咳払いしてから、背筋を正すと伊丹は芹沢に向って手を差し出した。



 「ハイ♪どぉ〜ぞ♪」

 「おい」

 「はい?」

 「確か…カップケーキっつってなかったか?」

 「そうですよ」



伊丹の右手の平に、ちょこんと乗せられた小さな紙袋。
女の子が喜びそうなカワイイ袋ではあるが、左手にずっしりくる三浦と芹沢からの
お返しに比べると、軽くて小さ過ぎる。



 「これだけか?」



思わず本音の出る、伊丹。



 「そうですけど、何か?」

 「何かって、お前…」

 「あーっ!僕、姫ちゃん待たせてるんで、もぉ行きます!じゃ!」

 「オイ!コラ!待て、芹沢!!」



どすを効かせた声で叫んでも、芹沢は振返ることなく去って行った。
取り残された伊丹は、右手の上の紙袋を見て項垂れた。「やっぱり、あんなヤツに
任せるんじゃなかった」と。



 「コレ、どう考えても…1個?…まさか、空じゃねぇよな?」



左手の紙袋を腕に通して提げ、少し自由になった手を使って中身を確認しようと
試みる。だが、紙袋の淵がシールで閉じられていて容易には覗けない。

芹沢の陰謀なのではないか?と、眉間に皺を寄せる伊丹。



 「何やってんだよ、お前?」



苦闘している伊丹に、声が掛かる。
キッと視線を上げると、「面白いモノを見た!」と言わんばかりの表情で、薫が立
っていた。



 「お…お前こそ、何やってやがんだよ!!こんなトコで!!」

 「そりゃ、こっちの台詞だっつーの。俺が声掛けなかったら、変質者と間違われ
 て通報されちまってたぞ?」

 「うっせ!バーカ!!」



恥ずかしさを誤魔化すように、吐き捨てる伊丹。身体の位置を変えることで、2つ
の紙袋を隠した。

伊丹の売り言葉に反応にして、子どもの喧嘩を始めようとした薫を穏やかな声で
制す、右京。伊丹を見て、微笑む。

その表情を見て、口の端が引き攣る伊丹。



 「僕達も今、千花さんにお返しを渡してきたところなんですよ」



紙袋を隠した意味なんか無い、と言われているようで、伊丹は盛大に舌打をした。



 「ん?お返し…?」

 「たまきさんオススメのケーキ屋さんにな、ホワイトデー限定のケーキってのが
 あってよ。これがまた、すっげぇゲージュツテキで。色とりどりの6種類!細工も
 細かくってな、さすが職人技!って感じなんだよ〜♪」



自信満々に言い放った薫に、伊丹は殺意を覚えた。「ケーキだと!?」自分も今
まさに、ケーキを渡そうとしているのに。よもや先を越されようとは…怒鳴るのも
忘れて、伊丹は薫の胸倉を掴んだ。



 「何だぁ?」

 「どーして、俺に一言掛けてから行かねぇんだよっ!!」



しかも、自分の物より遥かに立派そうである。

行き場の無い怒りを、薫に向ける。

伊丹の怒りに戸惑いながら、薫は「まさか」と口を開く。



 「お前も、ケーキなの…か?」

 「ああ!そうだよっ!」



突き飛ばすようにして薫から手を離すと、伊丹はしゃがみ込んだ。

落ち込みの激しい男を、薫はなんとか励まそうと試みる。



 「でも、お前のだって立派そうじゃねぇか!」



薫が指差して褒めたのは、三浦と芹沢の物である。
伊丹は、豪快に不機嫌になった。



 「これは俺のじゃねぇ!俺のはコレだ!コレ!!」



立ち上がり、薫の眼前まで紙袋を押し付ける。



 「やけに小せぇな…」



伊丹の迫力に負けて、薫は本心を呟く。



 「だからっ!どーして、俺に一言掛けてから行かねぇんだよっ!!」

 「俺の所為じゃねぇだろうがっ!!」



どこまでも責任転嫁を計ろうとする伊丹の態度に、薫もキレる。
2人がガンの飛ばし合いを、本格的に始めようかという時。右京が、珍しい声
を上げた。



 「おやおや!伊丹刑事、こんな事をしてる場合ではありませんよ!」

 「はい?」



薫に向けていた眼光を、右京へと向ける伊丹。
だが右京は全く堪えた様子もなく、小さな紙袋を指差す。



 「そのお店のケーキ。鮮度が非常に重要だと言われませんでしたか?」

 「……いや。何も」



自分で購入した訳ではないので、持って来た芹沢の言動を思い返す。
全く心当たりが無い。

「嗚呼っ!」と、右京が額に手を当てて嘆く。



 「なんてことでしょう!…いいえ。後悔を口にするよりも、早く届けることが賢
 明です!」



言いながら、右京は伊丹の背中を押す。
これまた常に無い行動なので、伊丹も薫も顔を見合わせて驚く。



 「時間がありませんよ!9分59秒…58…57…」

 「え?!そんななんですか?!右京さん!!」



薫の問い掛けをスルーして、右京は腕時計で無情なカウントダウンを続ける。



 「伊丹!とりあえず走れ!お前の足なら、まだ間に合う!」

 「お、おう!」



警部殿の博識さから導き出された答えに、一度も間違いが無いことを知る2人
は慌てた。とにかく薫は「早く行け!」と背中を押し、伊丹は形振り構わず駆け
出した。競技場でタイムを計れば、好記録が期待できそうな勢いだ。



 「大丈夫かな?」



小さくなっていく姿を見送りながら、薫が不安気に呟く。



 「大丈夫です」



顔を上げた右京が、ニコリと微笑む。そんな相棒の表情を見て、薫はパクパクと
口を開閉させる。



 「は?え?!ちょっ…右京さん??」

 「亀山君。今日はホワイトデーですよ。恋人達の時間を奪うのは、野暮という
 ものです」



しれっと言い切って歩き出す右京に、瞼を落とす薫。

どうやらこの天才は、あの紙袋が伊丹の手に渡った経緯や、そして中身の事情も
全て承知で、鈍い男を焚きつけたのだ。

1つ溜息を吐いてから笑うと、薫はその後を追った。






             * * * * *






息を切らせた伊丹が、フラワーショップ斉藤の前に着く。

軒先では千花が、同級生と思しき男からラッピングされたぬいぐるみを受取って
いた。そのぬいぐるみは伊丹もデパートで見かけたもので…なんとかいうブラン
ドの、なんとかいうキャラクターだ、多分…学生にしては貼り込んだものだと感心
した。



 「どしたの?大丈夫?」



男を見送った後。視線を感じて振返った千花は、汗だくで立ち尽くす伊丹を見つ
けて目を見張った。



 「いや…まぁ、これは…その…」

 「コラ!裾で拭かないの!!」



汗を拭っていた腕を千花に掴まれる、伊丹。引っ張られるまま、店の奥の自宅へ
と案内された。途中、美花に「あら、いらっしゃい」なんて声を掛けられながら。

伊丹は、ダイニングのテーブルセットに腰掛けるよう指示された。隣の椅子に持っ
ていた紙袋を、こっそりと置く。



 「これ使って?2枚あるから、しっかり拭いてね」

 「おぅ…悪ぃ」



千花は伊丹にフェイスタオルを渡すと、椅子には座らず台所へと向った。お茶の
用意を始めたようだ。

タオルを使いながら、何とはなしに室内を見る伊丹。
2階へ続く階段の前に、綺麗にラッピングされた包みや紙袋がいくつも並んでいた。
しばし、呆然となる。



 「試作品を食べてもらっただけなのに、お返しくれるんだもん。申し訳なくて」



紅茶とケーキを運んできた千花が、伊丹の視線を辿って苦笑する。

「そうか」と、無理矢理笑顔を作ってみた伊丹だが、目の前のケーキを見てまた
固まった。
フルーツがゲージュツテキにカットして盛り付けられて、繊細な飴細工まで乗って
いる。薫の言っていたケーキはこれだろう、と察しがついた。



 「あれ?もしかして、体調悪い?」



伊丹の前に座った千花が、心配そうに訊ねる。



 「や!そうじゃなくて…あー…そうだ!コレ!」



話を本題へ移そうと、伊丹が手に取り差し出したのは、三浦と芹沢分の紙袋
だった。

頬を染めて、花が綻ぶように微笑む千花。



 「あ、の。それは、その…俺から、じゃ…なくて…な?」



どもる伊丹に、きょとんとした瞳を向ける千花。
しばらく思考を逡巡させて、笑った。



 「三浦さんと、芹沢さんからだ!」



伊丹は首を縦に振ると、そのまま俯いた。
沈黙してしまった彼氏を前に、こめかみを掻く千花。



 「別に、お返しが欲しくて渡した訳じゃないからね?」



包み込むような千花の声に弾かれて、顔を上げる伊丹。その表情は、どこか怒
りに満ちている。
理由がわからず、ただ次の言葉をまつ千花に、「そうじゃねぇ!」と大きく吠えて、
伊丹は小さな紙袋を千花へ差し出した。

千花は両手で、紙袋を大切に受取る。
そんな千花が愛おしくて、なのにお返しが誰よりみみっちくて情けなくなった。

伊丹は頭を乱暴に掻き毟ると、これまでの経緯を話し始めた。



 「考えて、店にも行ってみた。でも、何かよくわかんなくて、悩んで…意味?と
 かあんだろ?キャンディーがどーで、こーでとか。んなの聞いて、益々訳わかん
 なくなって…したら、芹沢のヤローが流行ってるケーキがあるからって言うんで
 、そんじゃあって思ったんだけど…そんなんだし」

 「…」

 「それに特命のヤローがもうケーキ持ってったって…言うから…あ!そうだ!
 それ、鮮度が大事なんだってよ!だから俺走って来たのに…ッチッ…ああ、もぉ。
 何やってんだろ?もしかしたら、もうあんまり…美味くねぇかも、しんねぇけど…そ
 の…食ってくれ、ない、か?」



伊丹は捲くし立てながら、本来の目的に行き着いた。その頃には威勢がなくなり、
語尾も小さくなっていた。

伊丹の話を黙って聞いていた千花は、頷くと紙袋から更に小さな箱を取り出す。

そのサイズを見て、いたたまれなくなった伊丹は、ふいと視線を逸らし感想を待った。
























かなり長い間、音の無い時が過ぎた。























 「コレ、食べらんない…と、思う」























 「え?!」

























千花の小さな声に最悪のシナリオが、伊丹の頭の中で展開する。腐ってしまって
食べられないのか、それとも走ってくる時に崩れてしまい、原型を留めていないと
か―…。意を決して、伊丹は彼女の手から小箱を取上げた。

中を見て、硬直する。



 「ね?無理でしょ?」



いたずらっ子の笑みを浮かべる千花が、可愛いなと横目で見つつ。伊丹は箱の中
へ、手を差し入れる。








































取り出したのは

カップケーキの形をした、

指輪だった。






食玩のようだが、リングの上で輝くケーキは、上品でお洒落な装飾品として身につ
けられる物だ。
思わず見惚れてしまう、伊丹。



 「はめて?」



千花は、ニコニコと楽しそうに両手を差し出す。

伊丹は「おう」と応え、迷いなくその指にリングをはめた。

そこを「じっ」と見つめたまま、動かなくなった千花に、不安を覚える。



 「どした?」



眉を下げ、顔色を伺ってくる男に「ぷっ」と吹き出してしまう、千花。

自覚がないのだ。やっぱり。

千花は背筋を伸ばし、TVで芸能人がよくやる結婚記者会見のように、左手の
薬指をかざしてみせた。



 「あ!あー…、あーそうか。そ、そうだなぁー…」



ようやく自分のしたことに気付いて、耳まで染める伊丹。口元を手で隠して、顔
を逸らした。

千花はそんな伊丹が、かわいくって仕方ない。



 「PiPiPiPi…」



伊丹の上着の中で、携帯が鳴る。瞬時に仕事モードの表情になって、電話を
受けた。

このギャップを知ってる人間は、そうそういないよなぁ…なんて、刑事に戻った
伊丹を見て、千花は思う。



 「悪ぃ、仕事だ」

 「いってらっしゃい。気をつけてね」



立ち上がり、駆け出そうとする伊丹。千花は、左手を振って見送る。

そんな彼女をじっと見返す、伊丹。



 「それも合ってるけどよ、次はもうちっとシンプルなヤツやるから。な!」



言って、ホームラン予告のように、人差し指を千花の左手に向ける。



 「PiPiPiPi…」



手の中で再び携帯が鳴り響き、ビクッと身を竦める、伊丹。

全然キマらない。



 「早くだって」

 「わぁーってるよ!」



笑いを堪える千花に、苦笑いして。伊丹は携帯を耳に、外へ飛び出して行った。
遠ざかる声の中で「何度もうっせぇぞ!芹沢!」という台詞が、一際大きく聞こ
える。



 「あーあ。芹沢さん、大丈夫かな?」



溜息を吐きながら、左手のリングを見る千花。
その口元は、綺麗な弧を描いていた。




                  .☆.。.:*・ HAPPY END .☆.。.:*・


上へもどる

inserted by FC2 system