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伊丹さんの恋「彼のヒミツを探ろう。」−『相棒』二次創作小説


『相棒』のキャラクターを使用して書いておりますが、本編とは全く関係ありません
  cometikiオリジナルストーリーです (c)テレビ朝日・東映
※何気に連載モノ 『相棒 ふたりだけの特命係』TOPの下に作品がまとめてあります



人間たちに手を振りながら、桜の花が散り終わる。

平日の午前中だけれど、ここはその最後の1枚がどこに落ちるかまで
見届けられそうな空気があった。



 「あぁ〜…ダメだ。まだ目の前チカチカしてる…」



昨日まで1万枚という下着と格闘していた、特命係。
任務からは解放されたものの、未だ残像にとり憑かれている、薫。
モーニングコーヒー片手に、頭を叩いた。目も瞬かせてみるが何か違
和感があるらしい。眉間に皺を寄せている。

そんな相棒を尻目に、椅子に深く腰掛け朝の紅茶に口をつける、右京
。心地よい音量で流れるクラッシックで、疲れを癒しているようだ。



 「おはようございます」



寝起きレポーターみたいな足取りで、芹沢がやって来る。周囲に細心
の注意を払いながらこっそり、ひっそり。目の前にアイドルが寝ていな
いので、その行動はひどく珍妙だ。

ただし、本人は真剣そのものである。



 「なんだよ?珍しいなぁ?」

 「ちょっと、杉下警部のお力をお借りしたくて」

 「事件か?」



入口の傍にあるソファに腰掛けた薫が、芹沢の言葉に立ち上がる。

「ちょっと」と含みをもたせる芹沢に右京は、顔を上げた。



 「なんでしょう?」

 「伊丹先輩のことなんですけど…」

 「んっだよ!くだんねぇ話持ってくんなよ!!」



薫は吐き捨てて、ソファへ戻りドッカと腰を下ろした。「伊丹」とい
う単語で、話への興味を失ったらしい。片目づつ目を閉じたり開けた
りしながら、コーヒーを飲む。
疲れているところを、アピールするように。



 「でも!気になってしょうがないんスよ!!」



突如、味方を失ったような気分になる、芹沢。慌てて薫に取り縋る。



 「何があったんです?」 



芹沢の背に向って、右京はやわらかい声を掛けた。

その声に「ほっ」と笑みを零す、芹沢。
襟を正すと、滑舌よく言った。



 「実は最近。先輩が”ケチ”って言葉に、過剰反応示すようになっ
 たんです」



重大事件発生と同じトーンが、特命係の部屋に染みていった。

薫は、呆けたように芹沢を見つめる。
右京もその言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。



 「…”ケチ”、ですか?」

 「そうなんですよぉ〜。もぉ、気になっちゃって!」

 「”ケチ”という言葉だけですか?」

 「え?はい」



「そうですか」と、右京は口に手を当てた。

「気の所為でしょう」で済ませるのかと思いきや、何やらスーパーコ
ンピューターを作動させ始めた男に、好奇心が湧く、薫。



しばし、沈黙。



芹沢の隣にやって来た薫が、次の言葉を発しない右京に首を傾げる。



 「右京さん?」



薫の言葉で目が覚めたような表情をする、右京。



 「亀山くん」

 「はい!」

 「僕はこれから、米沢さんのところへCDを届けてきます。昼食は
 1人でとってください」

 「…はい」



右京はすっくと立ち上がり、スーツを羽織るとCDを手にする。



 「え?!あの…杉下警部??」

 「申し訳ありません。僕の専門分野ではないようです」

 「は?」



「では」と会釈して、右京は振返ることなく特命係を後にした。



 「ちょっと!先輩っ!どういうことですかぁっ!!」

 「俺にわかる訳ねぇだろうがっ!」



薫は腕にしがみついてくる芹沢を振り解きながら、「ただ」と言葉を
続けた。



 「何かがあんだよ」

 「それがわかんないから、杉下警部に聞いたんじゃないですか!」

 「右京さんが言わない、”何か”だ」

 「なんスか、それぇ〜?!!」

 「俺達でも、わかるかもしんないぜ?」

 「へ?」





             * * * * *





昼時の社食は、混雑していた。

少しでも人混みを避けるように、最奥の4人掛けテーブルでラーメン
を啜っている、伊丹。

どこか不満気である。



 「お〜っ♪美味そうなの食ってんな♪」



背後から現れた能天気な声に、こめかみを震わせる、伊丹。
この男の気配に気付かなかったことが、悔しいようだ。



 「何、座ってんだよ?」



薫は満面の笑みで、伊丹の前の席に着いた。



 「奢ってくれ♪」

 「断る!」

 「てめっ!数秒でも考えやがれ!」

 「バーカ!脈絡がねんだよ!大体、なんで俺が貴様に金使わなきゃ
 なんねんだ!?死んでもゴメンだね!!」



吐き捨てた伊丹は、「ずぞぞぞーっ」と大きな音を立てて麺を口の中
へ入れた。

それを恨みがましく見つめた薫は、ぽそりと呟いた。



 「ケチ」



ぴたっ。と、伊丹の動きが止まる。



 「ホラ!見たでしょ?!今!!」



伊丹の背後で小躍りする、芹沢。

静かに箸を置くと、ゆらりと立ち上がり、伊丹は芹沢の首根っこを捕
まえた。そのまま勢いをつけて、テーブルへ顔面を押し付ける。



 「お前か!!」

 「ら…らって、へんはいが…」

 「何言ってっか、わかんねーよっ!!」

 「お前が押さえてっからだろーが!放してやれっ!」



薫は身を乗り出して伊丹の手を払い、芹沢を助けてやる。
芹沢は小さく礼を言うと、両頬を解しつつ伊丹の隣に落ち着いた。テ
ーブルにつけてしまった涎を、持っていたハンカチでこっそり拭いて。

仁王立ちしていた伊丹も、周囲の視線に気付くと「ふんっ」と鼻を鳴
らして、どかりと椅子に座った。
芹沢、薫へと睨みをきかせてから、箸を手に持つ。



 「ケチ」

 「…せぇ〜りぃ〜ざぁ〜わぁ〜っ!!」



薫の呟きを受け、伊丹の手の中の箸が折れた。
それはよい音を立てて。
テーブルに叩きつけ、伊丹は芹沢の胸倉を掴んだ。



 「てめぇ!このバカに何吹き込みやがったっ!!」

 「ぼ…僕は別に…先輩が”ケチ”って言葉に過剰反応する…って」



伊丹の眼球の毛細血管が鮮やかになるのを見ながら、薫が「ぽん」と
手を打った。



 「千花ちゃんか?」

 「!!」



伊丹と芹沢が、同時に声の主へ顔を向ける。

だがそこに、根拠とか論理とかそんなものはない。薫だからこその、
野生の勘である。「へらり」と笑って見せた。

決定打を得られない芹沢は、落胆の溜息を零す。

伊丹は芹沢を軽く突き放して、テーブルに肩肘をつく。その上に顎を
のせて折った箸を見つめる。



 「でも、千花ちゃん絡みってことだろ?!」

 「てめぇにゃ、カンケーねー」



澱んでしまった空気を一掃しようと試みる、薫。

小さく舌を出して応えた伊丹は、完璧に男をバカにしている。



 「わかったぁっ!!」



新・小学一年生のように右手を挙手した芹沢に、薫と伊丹は怯んだ。



 「デート代、ケチったんでしょう!」



正解したとばかりに清々しい笑顔の、芹沢。

呆然としている、伊丹。

薫はそんな伊丹を見て、大きく頷いた。



 「うん!コイツならやりそうだ!」

 「ちょっと待て!カメ!どぉいう意味だ!」

 「いっつも”ワリカンで”とか言ってるからですよ」

 「聞いたのか?!!見て来たように言いやがって!!」

 「まさか、千花ちゃんに奢ってもらってんじゃねぇだろうな?」

 「!!」



「ぐっ」と息を呑んだ伊丹に、薫と芹沢は非難の目を向ける。



 「社会人が学生に…って、どぉなんスか?!」

 「いや、アリエねぇだろ。普通」



聞こえるようにヒソヒソ始めた2人に、伊丹がキレた。



 「じゃあ、てめぇらはどぉなんだっ!?」



薫と芹沢は、顔を見合わせた。



 「俺は、外で美和子に払わせたことないな」

 「普通そうですよね〜」

 「待て。”外で”ってのはどういう意味だ?」

 「外だよ?外食。ウチん中は全部、美和子だけどな」

 「え?先輩。それ、現在の話でしょう?付き合ってた頃はどうだっ
 たんスか?」

 「付き合ってた頃…って言ってもなぁ…割とすぐ美和子の部屋に転
 がり込んじまったから…」



記憶を手繰ろうとする薫を前に、伊丹と芹沢が肩を組む。



 「聞いたか?あの節操の無さ!」

 「ホントに爛れた関係だったんだ!」

 「…自分らで言ってる分にはいいけど、それ!他人に言われるとム
 カつくんだよなぁっ!!」



薫は笑顔で奥歯を噛み締めて立ち上がると、芹沢のネクタイを掴んだ。

今度は伊丹が大人ぶった顔で「落ち着け」と、制す。



 「んじゃ、お前はどうなんだよ?」



「ぶぅっ」と唇を尖らせて、薫が芹沢を睨む。

芹沢は襟を正して、胸を張る。



 「僕は姫ちゃんに、お金を1円も使わせたことありません!」

 「今までに1回もか?」

 「当然じゃないスか!それに、会う度にプレゼント持参です!」



どこかキラキラしている芹沢様に、瞼を落とす薫と伊丹。2人は、不
本意ながらも顔をつき合わせた。



 「異常じゃねぇのか?」

 「俺は無理!つーか、詐欺の手口に似てねぇか?」

 「ちょっと!人の彼女を、犯罪者にしないでください!」

 「いや、芹沢。お前、それちょっとオカシイよ?」

 「オカシイのは伊丹先輩です!」



薫の疑問を振り切って、芹沢は伊丹を指差す。話が逸れて、これ幸い
と思っていた男は目を丸くする。



 「だなぁ〜…学生にデート代払わせる男ってのはなぁ」



しみじみ頷く薫に、伊丹は歯噛みして吠えた。



 「払ってるよ!基本、俺が払ってる!ただ…」

 「ただ?」



声が細くなっていく男に、薫と芹沢は水を向けてやる。



 「帰り際、お茶に誘ってくれるんだよ。必ず。それは…アイツが、
 出す…」



3人の中で一番シンプルな解答に、薫と芹沢は顎を出した。これは伊
丹がケチとかそういうことではなく、千花が義理堅い女性だ…という
ことだ。
こっそり自分のパートナーを振返ってみる、薫と芹沢。
健気な千花に、思わず溜息が零れてしまう。



 「ホンットに愛されてんな、お前っ♪」

 「うっせぇ!」



満面の笑みで、伊丹の肩に手を置く、薫。

伊丹はそれを瞬間的に払って、席を立った。

「随分カワイくなったもんだ」なんて思いながら、薫は去ってゆく伊
丹の背中を見送っていた。



 「でも…そうなると、どこで”ケチ”って千花ちゃんに言われたん
 でしょうね?」



ほのぼの気分は、芹沢の一言で打ち砕かれる。




 「んの野郎!逃げやがったなっ!!」





             * * * * *





 「だぁ〜っもぉっ!ついてくんなよっ!!」



警視庁の廊下を大股で歩く、伊丹。その後にピッタリと張り付いて離
れない、薫と芹沢。

傍目にも、うっとおしい。



 「お金じゃないなら、いつ言われたんだよ?!」



「あーっ!」と奇声を発して、芹沢が伊丹の前に回り込む。



 「わかった!進路でしょ?」

 「…違う」

 「揉めてたじゃん?」



前と後で通せん坊されて、伊丹は大きく肩を落とした。
恥ずかし過ぎる。
よく”小学生のような”と揶揄されるが、これでは本当に小学生だ。
いや、それ以下かもしれない。
深呼吸して、両手を挙げる。降参の形に。



 「決まったんだよ。アイツは4月から社会人だ」



「嘘ぉ〜…」と目を見開く芹沢。
薫は「よく許したなぁ…」と、頼もしげに伊丹を見た。



 「許すもなにも、アイツの人生だからな!」



口ではそう言っても、顔は全然納得いってないといった様子の伊丹。

思わず噴出しそうになる、薫と芹沢。

伊丹の眉間に皺が寄る前に、芹沢が新に手を挙げる。



 「社会人になるにあたって、何か厳しいこと言ったとか!」

 「”夜の8時までに帰って、家の電話から電話してこい”とか言っ
 たんだろ?」

 「4月からは10時にした」



からかったつもりの薫は、逆に返され思わず「オイ!」とツッコミを
入れた。

伊丹はいたって真剣な眼差しを、薫に向ける。



 「…束縛系?」

 「一番嫌われるタイプじゃないスか?」

 「言っているだけだ。俺が電話に出られんのは、殆どねぇからな」 

 「ヒドッ!放置なんて可哀相―…?!」

 「バーカ。事件の最中に、ンな電話出てられっかよ」



ふっと自嘲する伊丹に、固まってしまう芹沢。右手の拳で軽く胸を突
かれるだけで、簡単に道を譲ってしまった。
だが、芹沢の横を通り抜けた時、伊丹は背後から肩を掴まれた。薫だ。



 「じゃ、いつ言われたんだ?」

 「しつけぇよっ!!」



伊丹は薫の手を振り払うと、強行突破して歩き出す。
薫と芹沢も、負けずに後を追った。
喧々囂々な男達に、廊下を歩く人々は自然と道を譲る。



 「どこまでついてくる気だ?!スッポンか!テメェら!!」



「よく見ろ!」と言わんばかりに、男子トイレのマークを指差す伊丹。



 「デカにとっちゃあ、褒め言葉だぜ?」



腕組みをして、薫が「にやり」と笑った。



 「マジで失せろ!!」



吐き捨てて中へ入る、伊丹。

芹沢は、薫の動きを待っていた。



 「入らないんスか?」

 「アイツと連れションする趣味はない」



壁に凭れて伊丹が出てくるのを待つ、薫。

芹沢もその傍へ寄る。そして、おずおずと口を開いた。



 「まさか、破局の危機…とかじゃないっスよね?」

 「え?!そうなのか??」

 「いや!ちょっと不安になっただけで…」

 「んだよ…ビックリさせんなよ」



「すんません」と小さく頭を下げる芹沢の肩を、薫はバシバシ叩いて
励ます。



 「大丈夫だろ。千花ちゃん、しっかりしてっから」

 「…だから、です」

 「え?」

 「あんだけ可愛くて、賢くて、気が利いて…オマケに若いんですよ
 ?!なんで先輩なんだろう?…っていうことに気付いちゃったんじ
 ゃないかって…」



遠回しに伊丹を貶している芹沢に、薫は空笑う。

「ひゅっ」と息を呑む、芹沢。顔から、血の気が引くのが見えた。

何事か?と芹沢の視線を辿れば、トイレから出てきた伊丹と目が合う
、薫。思わず半歩後ずさる。



 「大したことじゃねぇんだよ、ホント」

 「…おい、伊丹?」

 「頭、冷やしてくるわ」



表情も消え、抑揚の無い声で喋る伊丹から、深刻さを伺う、薫。肩を
落としトボトボと去ってゆく背を、黙って見送るしかなかった。







             * * * * *







「はぁ〜っ」と、大きく伸びをする伊丹。煩わしさから解放されて、
自然と口元が緩んだ。



 「いつまでも検討違いな推理して遊んでろ!バーカ!」



振り向いて舌を出すと、前方不注意で誰かにぶつかった。咄嗟に「悪
い」と謝る、伊丹。



 「いいえ。こちらこそ」



”一難さってまた一難”という言葉が、伊丹の脳に浮かぶ。しかも今
度のは性質が悪い。



 「大丈夫でしたか?」

 「あ、ええ。俺は、別にどこも」



早くやり過ごしたくて、引き攣る笑顔を見せる伊丹に、右京は涼やか
な声で訂正してから訊ねる。



 「別件で。先程、亀山君がそちらへ伺ったのではないかと思いまし
 て」



伊丹は「ああ」とだけ応えて、平静を装う。不自然な態度から妙な勘
繰りを受けたくないと思っていたが、それ以前になにやらバレている
ようだ―…諸悪の根源の顔を思い浮かべ、歯軋りした。
来た道を引き返して、芹沢の首を絞めてやろうかと考える、伊丹。



 「特に問題なければ、結構。これから、連れて出ますので」

 「そうですか」



会釈して立ち去る右京へ、感情の無い相槌を送る、伊丹。「早く行け
!」と心の中で念じた瞬間、右京がピクンと立ち止まった。ゆっくり
と振返り、目を細める。



 「早く慣れるといいですねぇ。では」

 「!?」



反論しようと試みるが、巧く言葉が出ない。伊丹は必死に口を開閉さ
せ、拳を握り締めた。顔を真っ赤にしながら。

「ブブブ…」と、胸ポケットの携帯が鳴って取り出した。
見れば、千花からのメールである。



  件名:突然だけど

  本文:今日、会える?



珍しく急な予定に、伊丹の心がざわつく。けれど、馬鹿らしいとすぐ
に気持ちを切り替えた。千花だってたまには、こんなことも言ってく
るだろう…と。







             * * * * *







「定時であがれそうだ」と返事を打てば、「近くの公園で待っている」
と返事が来た。伊丹は早々に仕事を切り上げて、警視庁を出る。
真冬ほどではないが、まだ日が沈むのが早い。千花1人を待たせてい
て何かあったらと、心配になるのだ。

駆け足で待ち合わせ場所に着いてみれば、既に千花が立っていた。



 「…!」



伊丹は、声を掛けようとして躊躇する。
そこにはいつもと違う、大人の雰囲気な千花が居たからだ。スーツっ
ぽいベージュ色のワンピースに、少しヒールのある靴。それから、髪
の毛はいつものストレートじゃなくて、肩の辺りで緩いウェーブがか
けられていた。遠目からだが、うっすらと化粧もしているようだ。



 「お疲れ様」



固まっていた伊丹に気付いた千花が、声を掛ける。動かない伊丹に首
を傾げて、とてとてと近寄ってゆく。



 「大丈夫?」

 「…お、おう」



伊丹はそれだけ応えるので、精一杯だった。色気を纏った千花を直視
出来ず、視線を外す。



 「ね?コレね、友達のお姉さんがやってくれたの♪今日の集まりで
 皆からも評判よかったから、見せたくて♪」



無邪気に笑う千花に、伊丹の中の醜い部分が頭を擡げる。



 「社会人デビューに備えて、そのオネーサンに化粧の仕方習ってこ
 いよ。そうすりゃ、歩くたんびに声掛けられて、さぞ気分がイイこ
 とだろうぜ」



言ってから、「しまった!」と口を押さえる伊丹。恐る恐る、千花を
見る。

千花はそれは盛大な溜息を吐いた。



 「もぉ〜っ!こういうアタシにも慣れてよ!いつまでもガキじゃな
 いんだからねっ!」

 「わ…わかった」

 「できれば早く、美和子さんや、たまきさんみたいな大人の女性に
 なりたいんだから」



「いや!そこは目指すな!」と、間髪いれず伊丹に否定されて、千花
は目を丸くした。



 「あ〜…いや。誰か、とか…そういうんじゃなくて、な」



伊丹にとって、千花は今の千花のままで充分で…というか、これ以上
魅力的になられた日には「俺、どうなっちまうんだ?」とか思ってい
たりするのだ。



 ”あんだけ可愛くて、賢くて、気が利いて…オマケに若いんですよ
 ?!なんで先輩なんだろう?…っていうことに気付いちゃったんじ
 ゃないかって…”



ふと、芹沢の言葉が耳に蘇える。
社会人ともなれば、出会いの場は格段に広がっていく。そこにはきっ
と、より千花に相応しい男が沢山いるハズだ。若くて、美丈夫で、頭
もよくて、恋愛に慣れているスマートな男が。
「それに引き換え」と、伊丹は我が身を振返る。
外見は置いといて。
給料もそんなによくないし、時間も不規則だ。そして極め付けはこの
性格…せめても、薫くらいだったらまだ、どうにか…。

俯き、悶々と考え込んでしまった男の顔を覗き込む、千花。



 「わかったから。大丈夫だよ?」



その無垢な瞳が、無性に伊丹を腹立たせた。



 「わかってねぇ!いいか?絶対バカらしくなんぞ?!こんな…こん
 な…恋人…ごっこ…みた…いっ!」



言い終わる前に、伊丹は千花に頬っぺたを思いっきり抓られた。爪の
痕がつくんじゃないか?というくらいの力で。口元は緩くカーブを描
いているのに、目が笑ってなくて伊丹の背筋は凍る。



 「バカはどっち?」



吐き捨てて、千花は踵を返した。

伊丹は咄嗟に、千花の手を掴んで止める。触れてから、震えているこ
とに気付く。悲しみの空気を纏って。



 「わ…悪い!俺が、悪かった!」



謝罪の言葉に振返った千花の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。不安気
に揺れる瞳を落ち着かせようと、伊丹は千花を抱締める。己の不安を
千花にぶつけて泣かせるなんて、男失格だ。



 「…ぃ、きらいぃ…きらぃ…」

 「すまん!もう二度と言わねぇ!悪かった!」



伊丹の背に、千花の細い指が回る。「くすん、くすん」と泣きながら
、縋りつく。

そういえば…と伊丹は思う。

千花はいつでも、自分に向ってくる。
会って、わかれる時だって。千花は必ず自分を見送る。
千花が背中を向ける瞬間を見たことが無いと…。

いや。
一度あったか。

やはり自分が煮え切らなくて、自信がなくて、千花を不安にさせた。



 ”だって!バカみたいじゃない!アタシばっかりアンタの事好きで
 …好きで…でも、アンタはアタシの事なんて―!”



あん時も泣かしたんだよなぁ…。

千花の頭を撫でてやりながら、伊丹は遠い目をする。



 「けぇぃち…けぇぃちぃ…」



腕の中の温もりを、もう少しだけきつく抱締めた。言葉のかわりに。



 いつか完全に背を向けられたら、俺どうなるんだろう?



本気だから怖くなる。
不安になって、確かめたくて。
そして、手放せなくなる―…。



千花の心地よい体温を感じながら、春の終りの空を見上げる伊丹であ
った。



                .☆.。.:*・ HAPPY END .☆.。.:*・




























             * * * * *



























 「ところで、さ」

 「…なに?」

 「”それ”…やめねぇか?…名前?」



”憲一”だから、”けぇぃち”だと。
初めて呼ばれた時は、恥ずかしくて眩暈がした。



 「なんで?」

 「や…その……」

 「自分だって、アタシの名前ちゃんと呼ばないじゃん!」



鼻を啜りながら、千花が涙目で訴える。

…呼ばないのではなく、呼べないのだが。



 「千花って呼んでくれたら、やめる」

 「や…だから、それはだなぁ…」

 「じゃ、けんけん」

 「それ、絶対やめろっつってるだろ?!」



ますます違う意味でビクビクせにゃならんわっ!!と、心の中でツッ
こむ伊丹。



 「文句多いなぁ。いいでしょ!アタシしか呼ばないんだから♪」



似たような言葉があって、困ってるんですが…。



 ”早く慣れるといいですねぇ”



ふんわり舞う桜の花びらに、右京の言葉が重なった。



 「そうですねぇ…」



諦めるように、右京の口調を真似て答えた伊丹なのだった。





        .☆.。.:*・ HAPPY×HAPPY END .☆.。.:*・


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