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幸福論(仮)


cometikiのオリジナル短編となっております


「すてきなお孫さんと、おばあちゃんでしたよ?」



「優しそうな息子じゃったよ?ばあちゃんの手ぇひぃてあげてから」



「連れてた人の顔?あら…覚えてないワ。奥さん、どう?」

「おばあちゃんの顔だったら、よーく覚えてるわよ。すっごい幸せそうに鼻歌唄ってたの」





桜木正志はメモ帳を勢い良く閉じると、頭をワシワシと掻き毟った。



「ちょっと、桜木さん。フケ飛ばさないでくださいよ!」



新品のスーツを粋に着こなして、平山 透は一人前の顔で言った。



「うるせぇ!新米!!お前も歳取ったら、皺もフケも出てくんだよ!!」

「フケが出んのは、桜木さんが風呂入らないからでしょうが!?」

「事件の事考えてたら、風呂になんか入ってらんねーのっ!!」



桜木は吐き捨てると、ワザと平山に向かって頭を掻いて、フケを飛ばした。



「うわっ!小学生ですか?!40過ぎた刑事のやる事じゃありませんよ?汚っ!」

「お前だって、そのカッコ。七五三じゃねぇか?」



桜木のフケを払いつつ、平山は胸を張って誇らしげに言う。



「コレは美代子ちゃんが見立ててくれたんです!僕に似合うからって」



ジャニーズ系の顔で一見モテそうな平山なのだが、あまり女に縁が無かったらしく、
久しぶりにできた彼女に25歳のクセして、身も心もメロメロなのである。

“美代子ちゃん”が出てくると、傷害事件だろうが殺人事件だろうが、たちどころにピンク色に
話が染まっていく…「厄介な展開だ…」。

桜木は無理矢理話を本題に戻す事にした。



「しかし…小田花子は、何でこんな田舎に来て死んだんだ?」



             ○  ○  ○


小田花子 87歳。

本籍地は東京。

千葉県に近い方の土地に、夫と2人で購入した一軒家に住んでいた。
夫は10年程前に他界したが、それまでの貯えと年金で質素ながらも、
1人で生活していたらしい。

子供は1人居るものの、海外に移住しており連絡は殆ど無いそうだ。


若い頃は社交的で友人も多かったが、その人達も家族や子供達の転勤等で引っ越して行き、
または病気を患い長期入院していたり、花子の周りには“友人”と呼べる人間は、現在居ない。


だが、朝と夕方には近所を散歩したり、買い物に出掛ける等の事はしていたようだ。

近所の人に出会うと、愛想良く挨拶もしていたので、花子に悪い印象を抱いている者は
居なかった。

しかし、それ以上の話を聞こうとすると誰もが口を揃えて言うのだ。



「小田さんの事は、わかりません」



花子は、必要最小限のコミュニケーション以外はとっていなかった。

つまり、ひきこもりに近い状態で何年も生きていた事になる…たった独りで。



             ○  ○  ○



そんな花子が、3日前。

広島のとある山中で、遺体で発見された。
検死の結果は“心不全”。



桜木も花子の遺体を見たが、事件性を全く感じさせない穏やかな表情をしていた。



そう。



花子がもし広島に住んでいたのなら…
もし、この山の近所の住人だったなら…
“事件性は皆無”と桜木も断言できたのに…

花子は東京の人間だった。



すると、不審な点がいくつも出てくる。



なんで花子は旅行鞄1つ持っていないのか?

所持していたのは、近所に出掛ける時に持って出るような小さな手提げ袋。

中には現金2,365円の入った年季物の財布と、ハンカチ、ポケットティッシュ。

身に着けていた衣類も、家の周囲を散歩するような格好だった。
着古したシャツに薄手のカーディガン。
ズボンも毛玉がつきまくっているようなヤツだ。
靴も、踵部分に小さな穴が開いていた。



             ○  ○  ○



「小田花子は、何でこんな田舎に来て死んだんだ?」



この年代位の人間は、旅行(遠く)に出る時は“一張羅”を着るものなんじゃないだろうか?
と、桜木は考える。

それに、自ら死を決意して来たのなら尚更………



「でも聞き込みすればする程、訳分からなくなってませんか?僕ら」



真剣に思考を巡らせていた桜木の耳に、平山の呑気な声が飛び込んできた。



「何がだ!?」



睨みをきかせて桜木は、平山を見た。

平山は今まで書き込んできたメモ帳を、桜木の顔前に広げて見せる。



「“小田花子は、とっても幸せそうだった”。 “小田花子は、鼻歌まで唄ってた”。
 これから殺されようとする人間が、こんな行動取ると思います?」

「“一緒に居た男”に、そうするように脅されていたのかもしれん!」

「え〜…そんなら、誰か1人ぐらい気付くでしょう?!」



疑惑たっぷりの瞳を、平山は桜木に向けた。



桜木は一瞬、言葉を無くしたがそれでも消えない思いを口にした。



「じゃあなんで、小田花子はこんなトコで死んだんだ?一緒に居た男は誰なんだ?」



平山は呆れたように溜息を吐くと、メモ帳を畳んでスーツの内ポケットにしまった。



「一番自然な結論はこうでしょうね! 死期が近い事を悟った小田花子は、そのまま新幹線
に飛び乗り広島に来た。ぶらぶら歩いている内に、この山の近くまで来て、この辺に住んでる
親切な男の人に道案内をしてもらってたんですよ。その男の人と別れた後、小田花子は1人
で山に入って行き、そこで心不全になって死んでしまった…どうです?完璧でしょ?」



桜木は平山の推理を聞きながら、肩を震わせていた。
そして、平山が得意満面に両手を広げてポーズをキメた瞬間、雷を落とした。



「どこが完璧じゃ!穴だらけだ、穴だらけ!とりあえず、その“親切な男の人”とやらを探し出
して連れて来てみろ!!この辺に住んでんだろう?」

「えぇ〜…嫌ですよぉ〜だって、桜木さんが勝手に事件にしたいだけじゃないですかぁ?」

「バカヤロウ!事件じゃないなら、事件じゃないって証拠を探すのも、俺達刑事の仕事なん
だよ!くだんねぇ事言ってねぇで、さっさと行け!!」



言い終わると桜木は、平山の尻を思いっきり足で蹴った。



「けっ…蹴った…蹴ったぁっ!信じらんない…もう、課長に言いますからね!」

「男を見つけてきたら、のしつけて謝ってやるよ!」



半泣きで走り去る平山を見送ってから、桜木は「フンッ」と鼻で笑った。



             ○  ○  ○



桜木は、太陽が山に隠れそうになるまで聞き込みを続けていた。



「お孫さんとおばあちゃんでしょ?最近見ない光景だから、すごく覚えてて…いいですよねぇ〜
ああいうの…」

「それでその、孫の顔って覚えてますか?」

「お孫さん?」



買い物袋を持ち替えてから、主婦は右手を顎に当てて考え込む。



「あらぁ〜…覚えてないわぁ?おばあちゃんの方ならよく覚えてるのに…何でかしら?」

「目が怖かったとか…」

「ええっ!?それはないわ。すごく優しい笑顔だったもの」

「笑ってるのを見てるなら、顔分かるハズですよね?!!」

「あ〜……それが、“笑ってた”って事は覚えてるんだけど、顔が全然思い出せないのよねぇ
…嫌だわぁ。歳かしら?ごめんなさいねぇ」



主婦は、本当に何も覚えていないようだ。



「いえ、お時間取ってすみませんでした。ありがとうございます」



桜木は一礼して、主婦の前を通り過ぎた。



             ○  ○  ○



住宅地を抜けて、石段を登ると眼下に夕日に染まった川が流れていた。
河川敷に立って、桜木は今までの聞き込みを思い返していた。



「なんで皆、男の顔を見ているのに、思い出す事が出来ないんだ…?」



行き詰って桜木はまた、頭を掻き毟る。





ふと…
どこからか、拙い“うた”が聞こえてきた。



その方向を見ると、年老いた男性と青年が並んで歩いて、桜木の方に歩いて来るではないか。



老人は青年のシャツの端を握って、楽しそうに歌っている…
内容はよく分からないが…青年もそれを楽しそうに聞きながら、
老人の歩みに合わせてゆっくり歩く。





「―?!」



桜木は、近付いてくる青年に駆け寄り、腕を掴んだ。

(だって、これは…今までの証言の再現じゃないか?)



青年は、少し驚いたようだったが、逃げる訳でもなく桜木にされるがままになっていた。



「お前…何してる!」



桜木は青年の神秘的な黒い瞳に向かって、声を荒げた。



「痛っ…」



青年は長い睫毛を伏せた。

桜木が掴んでいた腕に力を込めたからだ。

すると、老人が「うぅ〜」と桜木に向かって怒りの声を上げた。



「おじいちゃん、大丈夫だよ。ありがとう」



青年は世界を包み込むかのような声で、老人にそう言って聞かせる。

桜木もその声で、我に返った。



「あ…す、すまん。俺は、こういう者なんだが…その、この近くでちょっと、事件があってな」



警察手帳を見せながら、桜木は言い訳がましい説明をした。



「私は、おじいちゃんが散歩をしたいというので、一緒に来たんですよ。ここの夕焼けはキレイ
なので」



青年は桜木を責めることはせず、優しく笑って川を眺めた。
老人もまた歌い始める。

桜木は何を思い違いしていたんだろうと、少し恥ずかしくなった。

平山の言うように、「事件、事件」ばかりだから、こんな素敵な光景さえも素直に見られなくなっ
ていたのか…と。



「いいですね。おじいちゃんは、ココに来るだけで幸せそうだ」

「ええ。昔っから色んな所に行っては、観光するのが好きだったんですけど、今は足を悪くして
いてあまり遠出ができないんで…せめてもと思って」



老人はますますご機嫌で、笑っている。

桜木は、心底不思議そうに老人を見た。



「はぁ〜…俺にはただの夕焼けだけど、おじいちゃんには特別な景色に見えてんのかな?」

「幸せというモノは、人それぞれ違うんです」



青年の冷静な物言いに、桜木は「ハッ」として振返る。



「お金や、地位や、名誉に固執する人もいれば、貧乏でも好きな事して楽しんでる人もいる。
 私はそのどれもが、皆“幸せ”だと思うんですよ?」



穏やかに微笑んで、青年は桜木を見た。



「…はぁ」



桜木の気の抜けた声に、青年は顔を紅くする。



「あ…すみません。ウチ、貧乏なんで…もっと私がしっかりしてれば、介護付の旅行におじい
ちゃんを行かせてあげられるんですけど…こういう近場しか来れなくて…そんでも充分じゃ
ないかなんて…嗚呼…でも、なんか貧乏人の負け惜しみっぽいですよね、これじゃ…」



本当におじいちゃんを大切にしてあげている、孫の表情に桜木は安堵した。



「いやいや、いいんじゃない?キミは自分の出来る範囲で、おじいちゃんを幸せにしてあげて
るんだから。素晴らしい事だと思うよ?」

「そうですか?」

「ああ。世の中、自分の“モノサシ”で他人を判断する奴等が多いんだ!“幸せ”なんて、人それ
ぞれでいいんだよ!!」



桜木がそう言い切った瞬間、「ざあっ」と大きな風が目の前をよぎった。



「笑っているから、幸せ。泣いているから、不幸せ。
 長生きだから、幸せ。早く死んだから、不幸せ―…
 人間はなんとくだらない常識に、囚われているのだろうね?
 そうは思わないかい?」



咄嗟に目を瞑った桜木の頭の中に、青年の声が直接響いた。

「何事か?!」と薄目を開けて青年を見るが、顔が揺らいでハッキリ見えない…



「お前っ!?」



桜木の声に青年は「くっくっく」と可笑しそうに、声を上げて笑う。



「“健気な孫”がコイツを“幸せ”にしてやれると思ったか?」



青年は、老人を背中から柔らかく抱きしめてやる。



「やめろっ!!」



桜木は直感的に叫んだが、老人は青年に抱き寄せられて、嬉しそうに微笑んでいた。

青年は「にっこり」笑って、言った。



「刑事サンも、くだらない常識に囚われてると、シアワセになれないよ?」



青年が右手を拳銃の形にして撃つマネをすると、桜木は大きく後へと倒れた―…



             ○  ○  ○




「…さん?桜木さん!?」



消毒液の臭いがツンと鼻先を掠める…「ああ、病院だ」…
目が完全に開く前に、桜木は自分の置かれている状況を把握した。

目の焦点が合ってくると、心配そうに覗き込む、平山が見えた。



「あ…」

「桜木さん!!よかったぁ〜…なんか、河川敷で倒れてたらしいですよ!?何があったん
ですか?」

「何…って…」



青年の最後の笑顔を思い出した桜木は、ガバッと起き上がって上半身をまさぐった。



「撃たれてない…よな…?」

「はぁ?大丈夫ですか?もしかして、頭打ちました??」



平山が後頭部を触ろうとするので、桜木は手を払いのけて、ベッドから降りようとした。



「まだ寝てた方がいいですって!」

「バカ言え!犯人見つけたんだよ!!」

「犯人って?」

「小田花子殺しの犯人…いや、他にも殺ってるぞ!アイツは!!」



平山は、桜木を制す手を放すと、腹を抱えて笑い始めた。



「桜木さん、やっぱ頭打ってますよ!頭!」

「は?!」

「小田花子は、事故死です!」



笑いすぎて零れた涙を拭いながら、平山は言い切った。

桜木は平山に掴みかかる。



「事故?!ふざけんな!あれが事故死なもんか!!」

「僕が決めたんじゃありませんよ?上が決めたんですからぁ〜」



困惑する平山の顔に、桜木は脱力してベッドに腰掛けた。



「じゃあ、捜査も打ち切られたのか…」

「ハイ。だから今日は、定時で帰れて…これから美代子ちゃんとデートなんです、僕」



嬉しそうに腕時計を見せる平山に、桜木は閉口した。
“今時の若いモンは”そんな言葉で片付けていいんだろうか?
(コレが、刑事だぞ…)。



「俺はもういいから、サッサと美代子ちゃんトコに行け」

「はぁ〜い!行ってきます!」



病室を出掛かった所で、平山が踵を返した。



「そういえば、桜木さんが寝こけてる間に、また1人お年寄りが亡くなったんですよ」

「えっ?!」

「これは完璧、老衰でしたけどね。こうバンバン亡くなられると、“事件かも”って思っちゃう
 桜木さんの気持ちも分かる気がしました、僕」

「そりゃ、どうも…」



新米に心配された挙句に、バカにされたようで桜木はふてくされて、ゴロンと横になった。



「で?“犯人”って、どんなヤツだったんですか?」

「あ?」

「桜木さんが捕まえに行こうとしてた、犯人ですよ!」

「あー…そりゃ…」



数時間前の出来事を思い出し、青年の特徴を口に出そうとして、桜木は何も覚えてない事に
気付く。

いや、覚えていないハズはない。

顔はしっかり見たし、声も聞いたハズだ。
なのに………



「えーっ?桜木さんも覚えてないんスかぁ〜ちょっと期待したのに。うわ!待ち合わせに遅れ
ちゃう!んじゃ、お大事に!!」



恋する男は、羽でも生えたかのように、軽やかな足取りで病室を後にした。



桜木はベッドの上で1人…頭を掻き毟る。



「嘘だろ、オイ」



何度記憶を辿っても、青年の印象的な笑みだけしか思い出せない。



「隣のじいちゃんは、こんなに覚えてんのにっ!!」



それに、倒れる前の青年の言葉…



「“くだらない常識に囚われてると、シアワセになれない”って、どういう意味だ?!」



             ○  ○  ○



桜木は病室の天井を睨んだまま、朝を迎えた。

「ヨシッ!」と気合を入れて、よれよれのスーツに着替え直す。
医者に挨拶もせぬまま、病院を出て平山に携帯をかける。



「平山!昨日言ってた、亡くなったヤツ…あ?今病院の前だよ。退院したんだ…それより、
住所教えろ!はぁ?覚えとけよ、お前!!もういい、来い!お前、今すぐ来い!」



有無を言わせず電話を切ると、20分程してブスくれた顔の平山が車で現れた。



「何時だと思ってんですかぁ〜…老衰ですよ?事件性ゼロなんですよ?!」

「いいから、出せ!」



桜木は乗り込むと、いそいそとシートベルトを締めて指示を出す。



「絶対、頭打ってますよ。桜木さん…」



平山が言い終わる前に、桜木は平山の後頭部を拳で小突いた。



「もおっ!また暴力っ!!課長に言いますからっ!言いますからねっ!!」



涙目の平山は、渋々アクセルを踏み込んだ。



             ○  ○  ○



「あの…事件性は無いって…」



昨日亡くなった老人の住んでいたアパートに着くと、1階に住んでいる管理人に鍵を借りて部屋
の中を見せてもらう事にした。



「すみませんね。変なのが居まして…」



平山がひそひそと、桜木の方を見て管理人に囁く。

「カンカン」と鉄製の階段を2階に上がって行き、突き当たりの老人の部屋に案内される。
「カチリ」鍵は呆気無い音で開いた。



「どうぞ?」



不審げな管理人を尻目に、桜木はズカズカと部屋の中に入る。
平山は部屋に入らず、欠伸をしながら昨日の状況説明を始めた。



「亡くなったのは、清水武志。93歳。部屋の真ん中に引かれた布団の中で、息を引き取って
ました。週に2回、市から派遣される介護ヘルパーが丁度やって来て、清水さんの死体を
発見。警察に通報し、検死官が調べた結果“老衰”って事になったんです…って、聞いてます?」



桜木は部屋の一角に目を留めて、立ち竦んだ。



「このじいちゃんが、清水…か?」



平山は首を軽く捻って、桜木の傍に歩み寄る。

視線の先は、棚の上の夫婦写真で留まっていた。



「当たり前ですよ。見ず知らずの夫婦の写真飾ってる人って、居ないでしょ?」

「昨日…会った…」

「はあっ!?」



そう。

清水は昨日、桜木が出会った青年と一緒に居た老人だったのだ。



「あのっ…清水…さんには、お孫さん。居ましたよね?男の…」



桜木は管理人に詰め寄る。



「いいえ?清水さんは、子供さんもいませんよ…奥さんを30年前に亡くされて、それまで住んで
た家を売り払われたんです。それからそのお金と年金で、ずっと1人でここに…」

「1人?」



混乱している桜木の背後から、平山が呑気な声を上げる。



「うわぁ〜悲惨…」

「あぁっ?!」



殺気を含んだ視線を桜木は投げたが、平山は一向にひるまず続けた。



「僕だったら、美代子ちゃん亡くした後、30年も1人で生きていけないなぁ〜」

「ばぁ〜か!んな事でイチイチ後追いなんかしてみろ……?!」



桜木はそこまで言って、何かに引っかかる。



「死ねて幸せだったでしょうね〜だから、僕でも現場検証怖くなかったんだ。納得、納得」






   笑っているから、幸せ。泣いているから、不幸せ。
   長生きだから、幸せ。早く死んだから、不幸せ―…
   人間はなんとくだらない常識に、囚われているのだろうね?
   そうは思わないかい?






「同じだ…」

「は?」

「小田花子と…彼女も確か、1人で―…」

「嫌だなぁ〜桜木さん!今時、そんな境遇のお年寄りなんて普通ですよ、フツー!」



けらけらと笑う平山の胸倉を、桜木は掴んだ。



「そんな“フツー”が、あってたまるかっ!!」



桜木の迫力に、平山は思わず言葉を失くす。

桜木は、ゆっくりと平山から手を放し、深い溜息を吐いてから、「悪かった」と呟いた。

訳が分からないといった状態の管理人にも、「すみませんでした」と頭を下げて、桜木は階段を
一歩づつ下りていった。




そう。
誰に向かっての怒りなのか…




きっと、今この瞬間もあの青年は、慈悲に満ちた笑顔を浮かべているのだろう。

「幸せというモノは、人それぞれ違うんですよ?」



                                                - 終幕 -
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