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地獄の沙汰も金次第


cometikiのオリジナル短編となっております


 「100万?」

 「ええ。税込で」



古い十階建ての雑居ビルの屋上に、早春の匂いを含んだ風が吹いたが、
降り積もった埃を舞い上げただけで、そこに居た2人の男は少し咽た。



1人は20代後半。着古したジャケットに、くたびれたジーンズ。
履き潰したスニーカーは、所々穴が開いている。髪の毛は寝癖がついたままで、
顔色が悪い。手摺を握り締めたまま、呟いて声の主を見る。

後方に居る、もう1人の男はベーシックスーツに黒縁眼鏡。
上品な茶色の髪は丁寧にブローされていて、品格を1ランク上げていた。
黒の革鞄を左手に持ち、爽やかな微笑を湛えている。
前出の男より落着いて見えるが、年齢不詳だ。



しばらくの沈黙の後「ムリです」とキッパリ言うと、手摺を持つ男はその場から
大きく身を乗り出した。

それに合わせて、眼鏡の男が耳心地の良い声を上げる。

 「“まさか、君に裏切られるなんて。俺はもう死ぬしかない。君の所為だ―…”」
 「だから!なんで読むんですか?」
 「読みますよ。遺書なんですから」

殊更、感情豊に読み上げられて、半分あの世に逝きかけていた男は、
顔を真っ赤にして戻って来た。
振向くと、ブランド物のスーツを腹立たしい程着こなしている男が、A4のコピー用紙を
右手の人差し指と親指に挟んで、ヒラヒラさせていた。


 「返してください!」


遺書の作者は、掴み掛る様に男の元へ駆け寄ったが、駄犬並みに軽くいなされて
しまった。闘牛士のように背筋を正す男は、白い紙の上に並ぶ醜い文字を見直して、
顔を歪めた。


「返しません!こんな駄作じゃ誰も感動してくれませんよ?藤村さん!」


進路指導の教師に名前を呼ばれたようで、藤村は一瞬たじろいだ。
しかし、男はそれを許さないとばかりに、眼鏡を中指で軽く押し上げると、黒曜石の瞳を
光らせた。



 「いや…感動とか求めてませんから…」



藤村は、よれたジャケットの裾を握り締め、皺を深くして、赤点の言い訳でもするように、
身体を小さくして呟く。

男は「嘆かわしい!」と言わんばかりに、左手を額に当て、天を仰いだ。
首を左右に振ると、大袈裟に肩を落として見せる。


 「何言ってるんです!この世で最期に書く手紙ですよ?読んだ人の心に残る物に
 しないでどうしますか!」


熱弁を奮う男はまるで、街頭演説の政治家だった。
論理的で清く正しい事を言っているようだが、何かがズレている。
藤村はおずおずと、話の核心に触れた。


 「…それで、100万円?」
 「はい。筆跡鑑定もパスする腕前の代筆担当と、遺書専門のゴーストライターで、
 誰もが涙する…歴史に残る遺書をご用意致します」


男の笑顔に、ファーストフード店のメニューで見かける笑顔の値段が重なる。


 「無理です!そんな金、ありません!」


藤村は、男の手から遺書を奪い取ると、手の中で丸めて乱暴にズボンのポケットに
仕舞った。そして、もじもじと身体を揺らす。


 「あれ?飛び降りないんですか?」


男の不満気な声に、藤村が目を鋭くして睨み返した。
10数分前…飛降りようとしていた藤村を呼び止めたのは、他の誰でも無いこの男
だった。意を決して手摺に手を掛けた時、やはり背後から朗々と遺書を読み上げられて、
タイミングを逃したのだ。

男は茶化しながら、藤村の死ぬ気持ちを確認しているかのようだった―…。

その上から目線に激昂して、藤村が怒声を上げる。


 「何なんですか、アンタは!」
 「ああ。申遅れました、私こういう者です」


男は完璧な営業スマイルを浮かべて、無駄の無い動作で名刺を取出すと、
藤村に差し出した。


 「天城、一郎…“自殺プランナー”?」


受取った小さな四角い紙には、アリエナイ単語が並んでいた。常識的な人間なら、
笑って相手にしなかっただろうけど、藤村にはもう、そんな“常識”すらなかった。
確認するように、名刺と天城を交互に見る。



 「手っ取り早く言うと、自殺のお手伝いですね。私、営業兼任なんです」



いかにも“説明しなれてます”的に、天城が補足する。そして、肌理の細かい綺麗な手を
胸に当てると、誇らしげに微笑んだ。



 「キャッチセールス」



ぽつりと呟いた藤村の言葉に、天城は黒縁メガネを指で押し上げ、数歩距離を縮めて
抗議する。


 「失礼な。普段はもっとちゃんと、落着いた場所でお話しますよ!デリケートな話題です
 からね。でも今日は、藤村さんが飛降りそうなのを見つけたんで、急遽こういう形でお話
 してるんでしょう?」


天城の言葉は、一挙手一投足に口を挟んでくる母親みたいで、藤村は「いやいや」と頭を
左右に振った。
そして、子供が泣き出す手前の表情で、懸命に名刺を押し返した。



 「ホント、いい迷惑なんで…」



精一杯の虚勢で、藤村が対抗姿勢を示したが、天城は全く堪えない。
逆に、藤村の語尾を掻き消してしまった。


 「ヒドッ!いいですか?自殺も、結婚式とかお葬式みたいな一つの儀式なんですよ。
 折角自ら死に時を選ぶのに、人々の記憶に残る物にしないでどうするんですか!」



返却された名刺を握り締め、少女マンガの王子様状態で、キラキラと瞳を揺らす天城を
他所に、藤村は手摺に向って歩き出す。


 「記憶から消えたいから、死ぬんです」


迷いの無い足取りで、確実に歩を進める藤村の背中は、世の中の矛盾、人生の理不尽さを
無言で糾弾しているように見えた。
生きて行く事に、何の希望も見出せない。
そんな悲劇のヒーローに向って、天城は「これだから素人は…」と、溜息を吐いた。


 「いいですか?自殺程人の記憶に残る“死”はありません。いい意味でも、悪い意味でも。
 だから、死に方が重要なんです」

 「…死に方?」


天城の言葉に、藤村の足が止まる。壊れたコンピュータが、デタラメな計算式で、
出るはずの無い答えを弾き出そうと必死になっていた。
天城はそれを察して、革靴の音を響かせながら、藤村の隣へ移動する。
そして、フリーズしている男の目にも映っているであろう、眼下に広がる景色を見た。



昭和を感じさせる商店街の各軒先は、古びていたがどこかしら味がある。
平日の午後だが、馴染みの客で賑わっているようだ。
八百屋のオヤジがおつかいに来た子供に、トマトをオマケしてやったり。
主婦達は夕飯の食材の買出しついでに、井戸端会議で花を咲かせている。
まるで“平穏な日常”を絵に描いたような光景だった。



 「例えば。今ココから、アナタが飛降りると、通行人が巻添いになる恐れがあります。
 それって、立派な人殺しですよ?」



穏やかな物言いとは対照的に、心臓を射抜くような冷たい瞳で、天城は藤村を見る。
蛇に呑まれる直前の蛙みたいに、藤村は背中に嫌な汗が流れるのを感じて、
“現実”から目を逸らした。


 「そんなの、俺の所為じゃないし…」


俯きジャケットの裾を弄び始めた藤村の傍で、天城が「パン」と手を叩く。


 「運が悪かった!」


軽い音で反射的に顔を上げた藤村と、天城の目が合う。
恐怖に慄く藤村に、天城は「にっこり」と微笑んだ。
藤村もつられて、ぎこちなく右の口端を吊り上げる。



 「まあ…藤村さんはそれでいいでしょう。しかし、残されたご両親や親類縁者、友人、
 知人の方々はどうします?自殺な上に、人殺しの人間と関係があるなんて…この先、
 さぞ後暗い人生を歩いていかなきゃならないんでしょうねぇ。アナタの所為で」


藤村の気持ちを汲み取るように頷きながら、天城は着実に追い詰めて行く。
真綿で首を絞められ、酸欠状態の藤村は、言葉も無くただ小さく口を開閉させている
だけだった。



 「でも!そんな事にならない様にするのが、この私!」



天城は提げていた革の鞄から、一枚の色鮮やかな紙を、ドラえもんっぽく取出した。
藤村は面喰いながらも、それを受取る。
しかし、そこには、先程の名刺以上の衝撃が並べられていた。





 「な…飛降り…600万?」





 “死ぬ前に大空を飛んでみませんか?”






そんなキャッチコピーが、踊っている。黄色やオレンジ色をふんだんに使って…
まるで、旅行代理店の広告のように。



 「手続きとか色々ありますので。それでも良心会計なんですよ?」
 「だから!無いですよ!こんな大金…それに、さっきは100万円って…」


狼狽する藤村に、「あれは遺書代筆のみの料金で、オプションですね」と、天城は
サラリと言ってのけた。
細かいプラン内容には目も通さず、藤村は悪夢を振り払うようにしてチラシを突返した。


 「では…当社で一番安いプランです」


その態度に、天城は少々不満気な顔をして、次のプランを取出した。
今度は、青と紫を基調にした、控え目な色合いのモノだった。





 “自宅でこっそり思いを遂げよう。
 20万円の格安プラン”。





藤村は先程のプランよりも一桁安いそれに、思わず目を落とす。
料金の下に“特典”とあり、赤い文字で“ロープと、解けない括り方の取扱説明書付き”
とある。



 「首吊り?嫌です!こんな苦しそうなの」



最後まで読んでしまった藤村は、慌ててチラシを返そうとする。
身体全体で拒否を示す男に、天城は呆れたように言った。


 「藤村さん。死ぬのに楽も苦しいもありませんよ?」
 「ありますよ!凍死!寒い中、寝るだけで死ねるんですから、超楽じゃないですか!」


「今は時期じゃないから、無理だけど…」と続ける藤村の台詞を、天城は、大きな溜息で
中断させた。そして、哀れみの瞳を向けながら深刻な声で真実を告げる。


 「それは、ドラマの中だけです。実際は凍死も結構キツイんですよ?外気よりも体温が
 下がるから“暑さ”を感じて、着てる物全部脱いじゃったり…ま。身体に自信があるなら、
 止めませんけど?」


天城は顎に軽く手を添えて、品定めとばかりに、藤村を上から下まで眺めた。



 「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」



天城の紡いだ蜘蛛の巣に捕まり、藤村は足掻く。地団駄を踏んで、髪の毛を掻き毟ると、
ヒステリックに叫んで、返しそびれたチラシを千千に破り捨てた。



 「うわっ!ちょっと、大事な小道具に何するんですか!」



藤村の手から落ち、花びらのように舞い散ろうとしているチラシの残骸に、天城が駆け寄る。
その初めて見せる狼狽ぶりに、藤村は唖然としながら、足元の男が吐いた台詞をリピート
した。





 「…小道具?」






 瞬間―…






天城の手が止まり、気不味い沈黙が流れる。紙屑を両手で大事に抱えて、立ち上がると、
藤村に向ってたどたどしい笑みを向けた。



 「あ…えと、なんちゃって〜」



どこかミステリアスな空気を纏っていた男の仮面が剥げ落ち、三流の道化師になってし
まった人間に、藤村は掴みかかった。



 「どういう事だよ?ちゃんと説明しろ!」



天城の手から零れた元チラシの破片達は、ビル風に煽られて、空へと舞い上がっていく。

激しい揉み合いは、天城が藤村の手を振り払う事で終わった。ネクタイを緩め、息を整え
つつ天城は距離を取る。



 「嗚呼、もぉ!すみませんでした!俺の名前は山本耕太郎って言って、この辺でやって
 る劇団の役者です!」



天城と名乗っていた男は、イタズラがばれた小学生のように言い切ると、頭を掻いた。
それから、両手を上げて降参のポーズを取った。





 「役者ぁ?」





藤村は今までで一番理解不能な言葉に、間抜け面で天城の言った事を繰返すしかな
かった。男優は腕を「だらん」と下ろすと、困ったように苦笑した。


 「今度、“自殺プランナー”って舞台で“天城”って役を演るんですけど…今一キャラが
 掴めなくて。どうしようか悩んでたら、藤村さんが飛降りそうなの見えて!本気で自殺
 しようとしてる人相手に、どこまで俺の芝居が通じるかやってみたくなったんです」


説明し終えると、男は白い歯を見せて、もう一度頭を掻いた。
藤村は、呆然と三文役者を見る。
男は口を尖らせ、名残惜しそうにチラシが飛んでいった方を見つめていた。

ようやく自分が騙されていた事を理解した藤村は、拳を握り締め怒りを顕にした。



 「なんだよ、それ…俺が死のうが生きようが、どうでもいいって事か!」



目を血走らせ、今にも殺人を犯しそうな風貌に変わった藤村を見て、売れない役者は
縮み上がった。冷や汗をかきながら、目一杯の笑顔で応える。



 「いえいえ。ココ来る前に警察へ電話しましたから、もうすぐ到着すると思いますよ」
 「なっ!」



男の言葉に、今度は藤村が頭から冷水を掛けられたような表情になった。
殺気は一気に消え失せ、上げた拳の行き先をどうしようかと考えあぐねている。


 「やっぱ、自殺はいけませんて」
 「ふざけるな!俺は死にたいんだよ!」


へらへら笑う男を突き飛ばし、藤村は屋上のドアから階下へと飛び出した。





                  ○     ○     ○






男は尻餅をついたまま、冷ややかに藤村の残像を見送った。
藤村の気配が完全に消えてから、目線を上にやる。
そこには、どこまでも澄んだ青空が広がっていた―…
環境破壊に脅かされているなんて、誰も信じないような清清しさで。



 「さて!」



男は立ち上がると、尻についた埃を払う。
そしてもう一度、目を屋上のドアへ向けると、司会者の顔でこう言った。



 「お待たせしました…“山本耕太郎”さん。どうぞこちらへ」



男は、一五度にお辞儀をして、現れる人影を待った。

両脇を、ノリのきいた黒スーツに身を包んだ男二人に抱えられて、山本が登場した。
パチンコ屋で遊んでいたような服装で、一見すると刑事に連行される容疑者だ。



 「ひぃっ!頼む、勘弁してくれ!」



涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を、更に歪めて泣き喚く山本に、モデル体型の男達は
無感情で力を行使していた。



 「頼む!死にたく無いんだ!」



山本は拘束されたままの格好で、目の前に立つ司会者に懇願する。
しかし、男は全く関心を示さず、腕時計に目を遣りながら、携帯電話を使っていた。



 「予定外の“客”で15分遅れだが、準備はいいか?」



旅行会社の添乗員がスケジュール調整をするように、淡々と幾つかの項目を確認して、
男は電話を切った。

山本は両脇の男共を振り切って、死神然とした男の足元に縋りつく。



 「金!金なら何とかするから!」
 「山本様、申し上げた筈ですよ?申込後の変更及びキャンセルは、一切お受け
 出来ませんと」



男は携帯電話をスーツの内ポケットに仕舞うと、優雅に微笑んで見せた。
その笑みは完璧で、山本がどう足掻いても戻れない場所に来ている事を知らしめるに
充分な物だった。

山本は、その場にへたり込んだ。唯一動く目を使って、男を威嚇する。

しかし、男は珍獣を見るように目を細めるだけで、山本を抱えて来た2人の男に、
次の指示を出した。



 「ひ、人殺しめ!こんな事して只で済むと思うのか?」



山本は男達の手により、簡単に手摺の外側へと運ばれた。
爪先は既に半分、空中へ放り出されている。
掠れて裏返る声で、最期の悪態を吐く。



 「おや、ご存知無い?“地獄の沙汰も金次第”と申しましてね。大抵の事は、金で
 どうにでもなるんですよ?」
 「そ…そんな…」



山本はもう、二の句が告げなかった。
震える足をなんとか踏ん張り、絶対に落とされまいと、必死に手摺へしがみついていた。


 「早くしろ!皆様お待ちかねだ!」


男が「パンパン」と軽やかに手を叩く。


 「?」

 「今の世の中。人が飛降りて死ぬ所を、生で見たいってお客様も多くてね。この度は
 40代男性って事で集まっていただいてるんですよ」



不思議そうに見つめ返す山本に、男は丁寧な説明をした。
そして、厳かに眼下を指し示す。


先程まで平日の賑わいを見せていた商店街が、別次元へと移動してしまったかのように
静まり返っている。
けれどそこには、無数の人間が居た。
ある空間だけを空け、その瞬間を今や遅しと、息を潜めて待っている。
向かいのビルや、その左右のビルの窓からも視線が注がれていた。

山本は何百という目玉に恐怖し、生唾を飲み込んだ―…



 「!」



その隙を、男が突いた。

山本は悲鳴を上げる事すら出来ずに、ビルの屋上から人形のように落ちていった。





 「わあっ!」
 「キャアッ!」






 数秒後。
 下から黄色い歓声が上がった。
 そして、無数の携帯のシャッター音。

 「大変だ!人が落ちたぞ!」
 「誰か、救急車を!」

群集の中から、七桁のプラチナチケットを獲得した客二名が、用意された台詞を口にする。
同時に、客達は霧散し“日常”が姿を現した。




男はその様子を屋上から眺め、満足気に微笑むと、最敬礼をして応えた。

 「ご利用、誠にありがとうございました」




                                                - 終幕 -
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