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「Flowers」


『相棒』二次創作小説として書いている『伊丹さんの恋』シリーズ
  そこに登場するある人物のお話です

  もはや完全オリジナルになっておりますが、一応『伊丹さんの恋』シリーズ
  としてここへ掲載させていただきます

※シリーズ作品は 『相棒 ふたりだけの特命係』TOPの下にまとめてあります
  興味を持たれたかたは覗いてやってください

                                 2010.10.23 cometiki拝









































ある日、構内でクマに出会った。

以来どうしたことか、
そのクマは私の後をついてくるようになった。





             * * * * *






 「だからぁ、彩花先輩には向かないって言ったでしょ?」



彼氏にフラれて、学食で独りたそがれている彩花の前に、
俊彦がもさっと座る。

180cmは裕にある身長。
横幅もあるから、彼が座ると壁際に座る彩花の姿は、
他の人間からは殆ど見えなくなってしまう。

俊彦がやって来たことで、不機嫌倍増の彩花は、
お昼ご飯のアジフライを箸で破壊してゆく。

グローブみたいな男の手が、彼女手を繊細に制す。



 「食べ物に罪はないでしょ?」



小首を傾げて、俊彦が微笑む。
彩花はキッと睨み返して、吐き捨てた。



 「アタシは今、独りになりたいの!放っておいてよ、クマ!」

 「放っておけませんし、クマじゃないです」



男は彩花の手から箸を引き剥がすと、
アジフライを見目良くして戻した。

食べやすくなっている、アジフライを見てムッとする彩花。



 「クマの癖に、生意気!」

 「何度も言いますけど。僕は、斉藤です。斉藤俊彦!
  いーかげん名前でよんでくださいよぅ。彩花先輩」

 「絶対イヤ!」



俊彦の縋る視線を無視して、彩花はアジフライを口に運ぶ。

それを見て、俊彦は心の中で安堵の溜息を吐く。
失恋して一週間。
彼女が殆ど食べていないことを、知っていたからだ。

しばらく彩花の食事姿を見守っていた、俊彦。
にっこり笑って、問い掛ける。



 「美味しいですか?」

 「知らない」

 「じゃぁ僕も、アジフライ定食にしよーっと!
  ココ、席取っておいてくださいね♪」



立ち上がり、俊彦がのしのしと去ってゆくのを見送る、彩花。
「やっぱり、クマじゃないか」と悪態づく。

体格はいいが、太っている訳ではなくて。。
骨が太いのかもしれない。あと、筋肉とか?

動作が基本ゆっくりでトロそうだから、女子達には人気が無い
んだろうな。
顔のつくりはハッキリしてて、いい部類に入るんだろうに。



 「残念ねぇ…。同情なんてしないけど」



独りごちて、テキパキと定食を胃袋に収めると、彩花は席を立った。
男を待つ事無く。





学食から出てみれば、空は快晴。
心地よい風なんかも吹いていたりするものだから、
彩花の足は、自然と大学を後にしていた。





             * * * * *





彩花がやって来たのは、街外れの小さなお花屋さん。
田中生花店。

彩花は158cmの身長を目一杯伸ばして、店内を覗いた。
人影に口元を綻ばせ、弾んだ声を掛ける。



 「おじいちゃん!」



背を丸くしていた、年配の男が振り返る。
165cmでスラリとした体型。
ロマンスグレーの短髪が印象的で、細面の顔は柔和さが漂っている。



 「おぉ!彩花。よぅ来たなぁ」



彩花に「入れ」と手招きして、笑いながら付け加える。



 「なんじゃ?またフラれたんか?」

 「おっ…おじいちゃんの顔が見たくなっただけだよっ!」

 「そうか。そりゃあ嬉しいなぁ。時間があるなら、茶でも飲んで
  行くか?」



「こくん」と頷く彩花に目尻の皺を深くすると、
重吉は孫の背を押し店の奥にある、住居部分へ通した。




             * * * * *





 「一緒にお昼ご飯食べようと思ったのにっ!
  なんで居なくなっちゃうんですかぁっ!!」



翌日。
校門前で待ち伏せしていた俊彦に、彩花は捕まった。

小柄な女に、今にも泣きそうな大男が縋っている。
傍から見たら、さぞ滑稽だろう。
そう思いながら、彩花は冷静に応える。



 「一緒に食べようなんて、言われてないもの」



俊彦は昨日のやりとりを思い出し、項垂れた。
が、次の瞬間ガバッと顔を上げる!



 「じゃあ、今日!一緒にお昼ご飯を食べま…」

 「断る!」

 「えぇっ!ちょっと位、考えてくれてもいいじゃないですかっ!」



駄々っ子のように両手を振って抗議する、俊彦。
彩花は思わず、こめかみを押さえ溜息を吐いた。



 「何度も言うけど。
  アタシはアンタみたいな男、タイプじゃないの!」

 「どしてぇぇぇ〜?」



今にも零れそうな涙を溜めた瞳で見つめられ、彩花は怯む。



 「ど、どして…って。
  アタシが好きなのは、もっとスポーツマンタイプで…
  爽やかな人なの!」

 「でもぉ…」

 「何よっ!」

 「僕がこんなに好きなのに?」



俊彦の台詞に、彩花は頭が真っ白になった。





             * * * * *





 「いや。フツーわかるよ?」

 「っていうか、2人とも噂になってるし…」



クマの朝イチ告白攻撃に、大打撃を受けた彩花は、
正直今日もまともに授業を受けていない。
出席はしているのだが、先生の言葉が右から左へと
抜けてゆくのだ。

講義が終わると、心配した幸子と緑が大学近くのカフェへと
彩花を誘った。

2人は大学での彩花の数少ない友人である。

今は、店内の少し奥まったソファに腰掛けて、コーヒーを
飲んでいるところ。

俊彦の告白は尤もだ…という友人の意見が理解出来ない、彩花。



 「噂…って?別にアタシはただの後輩としか…」



よく構ってくれと寄ってくるが、彩花にとってクマはまるきり
恋愛対象外であったから、今朝の告白は本当に衝撃的であったのだ。

なのに、周囲は”その事実”を既に知っているらしい。
「迷惑なの?」と、緑がおずおず尋ねる。



 「迷惑っていうか…追い掛け回されてるだけで。あんまりイイ気分
  じゃない…」



テーブルに突っ伏してしまった、彩花を見て幸子が「なんと贅沢な」
と呟いた。

その声に顔を上げる、彩花。
幸子と緑を、交互に見る。

幸子は「ぷい」と横を向いてしまった。
緑は空笑いして、彩花の前にそっと人差し指を立てる。



 「斉藤クンね。
  首席入学した人で、実は結構憧れているコ居るんだよ」

 「クマが?首席?!」

 「クマ?」

 「あ…いや…えと…斉藤…クン?」



彩花は、飛び出る程に目を見張った。
動きが鈍そうだから、勝手に勉強も出来ないだろうと決め付けていた
自分に、寒気がした。
しかも、モテるとわ??
そこだけ強く疑問が残ったが、幸子と緑は「本当だよ」と頷いた。





             * * * * *





 「俊彦クン、一緒にご飯行かない?」

 「トシ君、お茶しようよ♪お茶ぁ〜♪」



幸子と緑の話を聞いてから、
彩花はそれとなく俊彦を見るようになった。

すると入替わり立ち代り、
俊彦の前にキレイな女子がやって来るのが見えた。
だがクマは、やんわりと見事な手つきで断ってゆく。



 「彩花先輩!」



女子に囲まれていながらも、彩花の視線に気付いた俊彦が、
尻尾を振りながら駆け寄ってくる。

彩花は、どうしたものかとオロオロするが無駄だった。
既に目の前には「ほにゃらん」とした男の笑顔があったのだから。



 「何か、ありました?」

 「な…何って?別に何も無いけどっ!」



興味本位で見つめていたことがバレるのを恐れ、
いつも以上に言い回しがキツくなる、彩花。



 「そっかぁ〜…最近、彩花先輩の視線を感じるから、
  好きになってくれたのかと―…」

 「なる訳ないでしょっ!!」

 「またそんな全力否定してぇ〜…凹むよ、僕」



肩を落とし、上目遣いに視線を合わせられた。
彩花の胸が瞬間「どきん」と高鳴る。



 「凹まなくても、首席様は美人女子選びホーダイじゃないっ!」



勘違いしないよう、彩花は両手を広げてパフォーマンスした。
俊彦は不思議そうにそれを見て、ぽつりと呟く。



 「…ヤキモチ?」

 「ち…違うわよっ!
  アンタ、今国家試験受けても余裕なんですってね!!」

 「ん〜…まあ、そう言われてはいるけど…」

 「とっぽいフリして近付いて、
  出来ない人間笑うのが趣味なんでしょうっ?!」



「最低っ!」と吐き捨てて、踵を返す。

彩花の家は弁護士一家で、父も母も、そして兄も優秀な弁護士だ。
だから彼女の未来も、漠然と決められていた。

”将来は弁護士”。

しかし彼女の成績が、あまり揮わないのも事実だ。
最近は、自分でも素質が無いことを感じ始めている。
折角、法学部に入ったというのに…。

どんなに勉強しても、理解できない。
周囲の人間に追いつけない部分があるのだ。
「まだ努力が足りない」と言われれば、それまでだけど。
彩花のこころは限界にきていた。

なのに、このクマは。

後輩の癖して、既に合格の太鼓判を押してもらえてるときてる!
そりゃあ美人も寄ってくるだろうさ!

胃液が逆流してくるのを感じながら、彩花は歯軋りをした。



 「でも僕、弁護士にはならないよ?」

 「は?」



背後のクマが、何か宇宙語を話しているように聞こえた。



 「やりたいこと、見つけたから」



振り返った彩花の目には、甘く蕩ける笑顔のクマが居た。
「どこからくるんだ、その自信は?!」ってくらいのオーラを
漂わせて、やわらかく笑っている。

怒らせようと思ったのに、失敗した彩花は、思わず縋った。



 「ちょっ…何よ、それ!!」



その声には振り返らず、俊彦は背を向けて去っていった。





             * * * * *






 「おや、来とったんか?」



店先にしゃがみ込んで花を見ていた彩花に気付き、重吉が出てくる。
「うん」とだけ小さく頷く孫の頭を、重吉は優しく撫でた。



 「足が痛いじゃろ?中へお入り」



重吉に促されるまま、彩花は立ち上がった。





花屋の奥にある自宅は、どこに居てもふんわりと花の香りがする。

彩花は、この香りが大好きだ。
台所のテーブルで少し気持ちを落ち着かせていると、
重吉が緑茶を運んで来てくれた。

一口飲むと、硬くトゲトゲしていた心がほわっと解れる。



 「才能があるのにさ、それを活かさないなんて信じられない」



彩花の向かいに腰掛けた重吉は、いつもと違う話の展開に目を丸くした。

「好き」だの「嫌い」だの。
「最高」だの「最低」だの。

孫の口から出る言葉は大抵、実家では言えないような恋の話が多くて。
厳格な両親に育てられた所為か、彩花は未だに友人にも素の部分は
見せられないでいるらしい。

だから困ったことがあると、彼女は必ずココへ足を運んだ。

問題を解決して欲しい訳ではなくて、ただの愚痴。
それを聞くのが重吉の役目だった。

だが今日は少し様子が違うようだ…。



 「いくら才能があったとしても、
  人にはそれぞれ事情があるからなぁ…」

 「どんな?」

 「さぁ?ワシにはわからんけども…」

 「いらないなら、私が欲しいよっ!
  そしたらすぐに試験受けて、弁護士になって―…」



「ダンッ」とテーブルに湯飲みを置いて力説する孫を見て、
重吉は悲しそうに目を細めた。





             * * * * *





彩花の父が、重吉の一人息子である。



根っからの貧乏生活に嫌気が差して「オヤジのようにはなりたくない」
の一心で弁護士になった。
いい家柄の娘さんとも出会って、結ばれた。



その時、息子は重吉を捨てたのだ。



嫁の籍に入り、重吉との縁を切った。
幸い、重吉の妻は亡くなっていたし、
息子が幸せならばそれでいい、と思っていた。



数年が過ぎ、
息子に子どもが生まれたことを風の便りに知る。

初孫に、嬉しくなってつい様子を見に行ってしまった。



彩花は、厳し過ぎるほどの躾を受けていた。
それは将来役に立つものであるとわかってはいても、年端も行かぬ
子どもには辛いであろうと思われた。

そうさせているのは、自分の甲斐性が無かった所為だと、
重吉は自分を責めた。



せめてもの慰めにと、重吉は彩花へ花を贈った。
孫が一時でも微笑んでくれたなら…と、名前を伏せて贈った。

けれど、そんなものはすぐに息子の知るところとなる。
呼びつけられて「二度とこんなことはしてくれるな!」と、
花を叩き返された。



余計なことをしてしまったと反省した。
彩花は叱られていないだろうか?



息子の家の前から動けずに居る重吉の袖を、小さな手が引いた。
「お花のおじちゃん?」と、部屋をこっそり抜け出した彩花が、
キラキラの瞳で見上げていたのだ。



重吉は嬉しさを押し殺して、「お父さんとお母さんが厳しいのは、
彩花を想ってのことだから」ということと、「自分はいつでも、
彩花の味方だからね」ということを伝えた。

そして、
「でもどうしても辛くなったら、ココへおいで」と田中生花店の
名前と住所のメモを渡したのだ。



彩花が店を訪れたのは、中学2年生の時だった―…。





             * * * * *





当時に比べれば身体は幾分大きくなったが、
果たして心のほうはどうだろうか?と、重吉は思う。



 「彩花」

 「何?」

 「なぁ、お前は本当に自分で弁護士になりたいと思っとるのか?」

 「え?」





             * * * * *





学食で独り、定食を食べている俊彦。
手元に人影が落ちてきて、顔を上げた。

取囲むように立っている、3人の男。
その中に彩花の元カレを見つけ、瞼を落とす。

男達はニヤニヤ笑って、話しかけようとはしない。



 「あのぉ、僕に何か?」



俊彦は箸を置き、小首を傾げ一応笑顔で対応する。

あくまで優位な態度で、男達は俊彦の周りに腰を下ろす。
馴れ馴れしく肩を組んできたのは、彩花の元カレだ。



 「なあ、お前さ。彩花のこと好きなんだって?」

 「はい。大好きです」



ニコニコ応える俊彦に、爆笑する男達。



 「俺さ。前、アイツと付き合ってたんだよ。コツ教えてやろっか?」

 「あ〜…そういうのは結構ですぅ」

 「バッカ!したらスグだぜ?!簡単にオチてヤラせてくれっから!」

 「でも飽きて捨てたんだろ?」

 「だってアイツさ。外見いいけど、中身が退屈なんだよなぁ―…」



元カレが言い終わらない内に、
「ゴキッ」という鈍い音が学食内に響いた。

音の元を見れば、男の手が本来では有得ない方向に曲がっている。
「うわぁーっ!」と呻く男に、仲間は半歩身を引く。

俊彦はゆっくり立ち上がると、生暖かく微笑んだまま呟いた。



 「次、同じこと口にしたら潰しますよ?」



吹き抜ける絶対零度の風に、男達はようやく俊彦が敵に回しては
いけない相手であることを理解したのだった。





             * * * * *





 「た…退学?」



講義に出る為、教室に向かった彩花だったが、
寸でのところで幸子と緑に止められた。

半ば強引に中庭へ連れて来られて、俊彦が退学になるらしい…
という話を聞かされている。



 「昨日、学食で喧嘩があったっていうんだけど…」

 「斉藤クンて、そういうタイプじゃないじゃない?」



確かに。
巻き込まれても、巧く仲を取り持ってまとめてしまいそうである。



 「え…本人は、何て?」

 「それが、斉藤クンは自首退学だって言い張るし…」

 「被害者だって言ってるほうも、理由を言わないらしいの」

 「何、それ?」

 「ただね。被害者の中に、田中が居るみたいなのよ」

 「?!」



田中とは、彩花が半年前に別れた元カレである。

彩花は幸子と緑を置いて、走り出した。
俊彦の元へ―…。





             * * * * *





 「あれぇ?彩花先輩、どしたんですか?そんな急いで?」



いくらかまとめた荷物を持ったクマが、呑気な声を上げる。
まるでこれから遠足にでも行くかのように。



 「あ…アンタ、辞めるってホント?!」



肩で息をしながら、必死で言葉を紡ぐ彩花を見て、
俊彦は左手で頬を掻いた。



 「はい。明日にでも手続きを―…」

 「田中に何か言われた?!」



俊彦の言葉を遮って、彩花が叫ぶ。



 「…えと、タナカって誰ですか?」

 「へ?」



申し訳なさそうに眉を顰める俊彦に、彩花が拍子抜けする。
「本当に知らないの?」という問いさえ受付けないくらいの表情だ。

次の言葉に詰まっている彩花に、ふっと笑いかける俊彦。



 「前、やりたい事見つけたって言ったでしょ?
  ちょっと本気出そうと思って、それで、です」

 「そ…そうなんだ」

 「短い間でしたが、お世話になりました。彩花先輩」



清々しく言い切った俊彦に、彩花は呆然となる。
引き止める言葉など、どこにもなかった。





             * * * * *





悶々と一日を終え、彩花が向ったのは祖父の店。

花の香りで癒されるだろうか?と思いつつ足を進めれば、
見慣れた巨体が軒先で笑っている。



 「何やってんのーっ!!」



重吉と談笑していた俊彦は、さして驚いた様子もなく振返る。
彩花が怒髪天を突いていることなどお構いなしだ。



 「お帰りなさい。真っ直ぐ帰ってきたんですね?」

 「お帰りじゃないわよ!何でアンタがココに居るの?
  どうしておじいちゃんと話してんの?!
  一体いつからなのよーっ!!」

 「わぁ〜♪なんだか浮気を問い詰められてる気分♪」

 「はぐらかすなっ!どういうことよっ!!」



俊彦に噛み付いていく彩花に、目を丸くする重吉。
2人のやりとりを見て、口元が綻んでゆく。



 「彩花。彼を知っとるんか?」

 「彼じゃないわよ!クマよ、クマ!!」

 「えーっ。まだクマ扱い?」

 「大学だって辞めるクセに…」

 「斉藤君は、彩花と同じ大学なんか?」

 「はい。もう辞めますけど」

 「そりゃぁ勿体無い…花屋は卒業してからでもえぇじゃろう?」

 「えっ?!アンタが…花屋?」



重吉の言葉に目を見張る、彩花。
俊彦は、ニコニコ笑って応える。
余裕たっぷりのその顔が、彩花の神経を逆撫でした。



 「弁護士になれるクセにっ!」

 「なりたくないのに?」

 「!!」



俊彦の即答は、彩花自身がずっと心の奥底にしまってきた
答えのようだった。
思わず息を呑んで、口を閉じる。

目だけで俊彦を睨み付ける、彩花。
この男と話していると、どんどん”本当の自分”が
出てくる気がして怖くなった。
いや。
実はもう随分出てしまっているのかもしれないが。



 「好きにすればいいじゃんっ!バーカッ!!」



子どもの捨て台詞を吐いて、彩花は店を駆け出した。





             * * * * *





彩花は自分の部屋に駆け込むと、ベッドへ突っ伏した。

花に囲まれて微笑んでいた俊彦を思い出し、拳を握る。
奥歯を噛み締め、その拳を何度もベッドへ叩き付けた。



 「ち…くしょう……」



自然と溢れる涙を、彩花は拭おうともしなかった。



 「なりたくないのに?」



耳元で俊彦の声が繰り返される。
やわらかな問い掛けが、彩花の胸を抉った。





小さい頃。
なりたかったものは沢山ある。



ケーキ屋さん、バレリーナ、ピアノを弾く人etc…。
その中に、お花屋さんもあった。


だけど。


小学校に上がる頃、「将来は弁護士」と決められた。
選択肢なんかなかった。
「それが当然なんだ」と教え込まれた。



あまり得意でない勉強に、逃げ出したいときも沢山あった。

そんなときは、必ず花束が届いた。
差出人の無い花束が。

かわいくて、力強い花達。
その姿は彩花の心を強くした。
「もう少しだけ頑張ってみよう」と思わせた。



ある日。
偶然、送り主を知ることができた。
「二度とこんなことはしてくれるな!」という、
父の怒声が大きかったからだ。



もう花束が届かない…という事実は、彩花を不安にさせた。
去って行く後姿を、追いかけた。
掴んだとき―…
重吉は驚いて、それから嬉しそうに目を細めた。


この人が自分の祖父だとわかって、彩花は心があたたかくなったのを
今でもはっきりと覚えている。



重吉の花屋は、小さいけれど綺麗で落ち着いた雰囲気を持っていた。
いつまでも居たくなるような、いつもここへ帰って来たいような…
そんな場所だった。

落ち込んだり、フラれたりすると彩花はココへ逃げ込んだ。
優しい重吉の笑顔と、甘い花の香りが心身を癒してくれるから。
素のままの自分を受け入れてくれるから―…



 「……アタシ…」



鼻を啜って顔を上げる、彩花。





             * * * * *





俊彦が大学を辞める日。
彩花は初めて自分から、俊彦を待った。

校舎から出て来た俊彦は、
彩花を見つけるとほわりと微笑んだ。
その表情に、彩花の頬が膨らむ。



 「何よ!自分だけスッキリしてっ!」



駄々っ子みたいに吐き捨てて、潤む瞳でじっと見つめる。
そんな彩花に、俊彦は苦笑してしまう。



 「僕の所為にすれば?」

 「へ?」

 「弁護士になるの辞めるのも、花屋さんやるのも、それから
  僕のお嫁さんになるのも」



俊彦の言葉に「ボンッ」と彩花は真っ赤になる。
「バカじゃないの?!」と言い返そうとして、
俊彦の穏やかで真剣な目に捕まった。



 「何で、アタシ…なの?」



最後の虚勢を張る彩花に、俊彦は小首を傾げた。



 「直感、かな」

 「勘なのっ?!」

 「でも、外れたこと無いし。それにこんなに好きなんだから、
  好きになるでしょ?彩花」

 「どこまでヨユーなのよアンタ!ムカツくっ!!」



彩花の振り上げた手を、俊彦は軽く受けて囁く。



 「好きって言えないなら、名前呼んで?」



俊彦の妥協案に、表情を曇らせる彩花。
黙って様子を伺っていると、喉の奥から絞り出すようにして声を出す。



 「…い、今まで、何て呼ばれてたの?」

 「名前?」



彩花は首を縦に振り、そのまま俯いてしまった。
意図がわからないまま、俊彦は過去に呼ばれた名前を口にする。



 「俊彦、トシ君…あとは…クマとか、クマとか、クマかな」

 「悪かったわねっ!」



ムキになって顔を上げるが、慌てて逸らす彩花。
俊彦はそんな彩花を「かわいいなぁ」と思いつつ、見守る。
しばしの沈黙の後、彩花がぽつりと呟いた。



 「…ヒコ」

 「え?」

 「ヒコっ!アンタの名前っ!!」

 「えぇっ!?なにそれぇっ!?」

 「他の人と同じなんて嫌なのっ!アタシだけがいいのっ!」



耳を真っ赤にして抱きついてきた彩花に、破顔する俊彦。
可愛すぎる独占欲に、彩花が「痛い!」という程きつく抱き返した。





             * * * * *





数年後―…。

田中生花店は、フラワーショップ斉藤へと名前を変えていた。
「花屋をやる」という俊彦に、重吉が店を譲ったのだ。
隠居生活を送る、重吉は毎日が幸せで仕方ない。
目の前には、夫婦になった彩花と俊彦が居てにぎやかだからだ。



 「だから!売らなきゃ商売にならないでしょう!」

 「でも、あのガーベラ。あのコと一緒に居たそうだったからさ」

 「なんなのそれ?!もぉーっ!おじいちゃん何とか言ってよ!」



彩花は俊彦と結婚することで、実家と縁を切られた。
だがそれ以上に、俊彦や重吉といることが幸せだと感じている。



 「まあいいじゃないか、彩花。俊彦君ほどの男はそうおらんぞ?」

 「ただのバカクマよっ!!」

 「もーっ。そんなに怒ってたら、胎教によくないよ?」



俊彦が彩花を後から抱締めて、お腹に手を当てる。
そこには2人の子どもが―…。



 「名前はさ、”花”の字を入れようね」

 「男の子だったらどうするの?」

 「女の子だよ。カワイイ女の子」

 「まだわかんないってば!」



手を振り解こうとする彩花をかわして、俊彦は続ける。



 「”美花”ってどうですかね?美しい花って書いて?
  それか”千花”。千の花って書くんですよ」

 「おぉ!いい名前じゃないか」

 「おじいちゃんまでノらないでっ!!」

 「彩花はどっちがいい?」



溶ける笑顔で頬に口付ける俊彦に、閉口する彩花。
所詮、敵わないのだ。この男には。
どうやったって、最初から。



愛されてひらいた花は美しく、
また次に咲く花を待ちわびる―…。 



                 .☆.。.:*・ HAPPY END .☆.。.:*・


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